2017年04月14日

浅田真央選手の引退記者会見を見、媒介者の要件を再考するの巻

フィギアスケート通の妻の一番弟子として(笑)、昨日共に、浅田真央選手の引退記者会見を「ながら」タイムシフト視聴(笑)した。
記者会見の類を通しで聞くのは久しぶりだったが、浅田選手への記者の問いが余りに酷く、浅田選手はもとより、有終の美をうまく飾れず往生していた司会者に同情し、かつ、一ファンとして残念な思いになった。


会場は400名超の記者で大入り満杯になったとのことだが、私たちバカ夫婦(笑)より実際にフィギアスケートの試合を観、フィギアを嗜む記者は数える位だったのではないか。 
なぜか。
一時間に渡る問いに、フィギアのテクニカル(技術/専門性)と愛が、全くと言って良いほど感じられなかったからである。  続きを読む

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2017年03月13日

ネイザン・イーストのファンイベントに参加し、「ファンを大事にする」コトの何たるかと人的多様性に寛容になるヒントを気づかされるの巻

分かっているようでいて、分かっていないことの一つは、「ファンを大事にする」という言葉、および、コトである。
「ファンを大事にしよう!」
「ファンを大事にすること!」
いずれも尤もであり、こう言われて違和感を覚える人は殆ど居ないだろう。
しかし、「じゃあ、実際どうアプローチしたら、ファンを大事にできるの?」とか、「そもそも、『ファンを大事にする』ってどういうことよ?」と不意に訊かれ、明確に即答できる人も殆ど居ないだろう。

なぜ私はこんなことをのたまっているかというと、かくいう自分がそうであったからである。
先月、私は、ネイザン・イースト(Nathan East)のファンイベントに一ファンとして参加し、ネイザンに「大事にされ」、分かったのである。

本論に行く前に、知らない人へネイザン・イーストをひと言紹介しよう。
ネイザンは世界的名ベーシストである。
「弘法筆を選ばず」であるように、「名プレイヤー曲を選ばず」(?・笑)である。
このイベントは、自名義の新譜「Reverence」のリリースに因るものだが、ネイザンがプレイするジャンルはジャズ、ロック、ポップスを問わず、広範極まりない。
他名義の、所謂「スタジオミュージシャン」でのそれはとくに。

Reverence
ネイザン・イースト
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
2017-01-11


実際、私が彼のプレイを初めて自覚したのは杏里のヒット曲の「気ままにREFLECTION」であり、かつてスティーヴ・ルカサーがギターでそうであったように、ヒット曲に石を投げてみると、そのベースはネイザンのプレイであることが少なくない。





ちなみに、「気ままにREFLECTION」のヒットは、サビの、杏里が「気・ま・まに・リフレクショーン」と歌い上げる部分で、ネイザンがリズミカルかつインパクト溢れるベースラインを演じ、リスナーの脳内ヘビロテ(笑)を実現したからだと、私は信じて止まない。(笑)
そもそも、ベースは読んで字の如く、楽曲の根音とリズムを担う地味な存在だが、ドラム共々無くてはならない「縁の下の力持ち」であり、ことネイザンにおいては、「ヒットの力持ち」(?・笑)と言っても過言ではない。

本論に戻る。
「ファンを大事にする」とはどういうことか。
また、「ファンを大事にする」には実際どうアプローチすべきか。
以上、分かった「気がした」(笑)のは、第一部のライブリハーサルが終わり、第二部のトークセッションが始まった時である。
カメラ小僧、もとい、カメラジジイ(笑)の私が、年甲斐もなくファンスマイル全開で(笑)最前列へ駆け寄り、インタビュアとの対談を撮影し始めると、何とネイザンはすぐさま笑顔で応えてくれたのである。
それも、二度も、である。

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2017年02月22日

時代劇「鬼平犯科帳 THE FINAL」を見、「リアリティの無さ」のあり難さに気づかされるの巻

私はドラマをめっきり見なくなったが、時代劇は映画を除き、そもそも見なかった。
なぜか。
ひと言で言うと「縁遠い感」なのだが、それではなぜ他の演劇、エンタメコンテンツと違い、縁遠く感じたのか。
原因は三つある。

一つ目は、「否定的な刷り込み」である。
私は中学まで、父方の祖母と同居していたのだが、祖母は来る日も来る日も一日中、竹枕で横寝しながら「銭形平次」や「水戸黄門」に興じていた。
「『時代劇』=『老人がこよなく愛する予定調和のチャンバラ劇』」。
私の幼い脳は、こう否定的に刷り込まれてしまったのである。

二つ目は、「馴染みの主役俳優の少なさ」である。
時代劇に出演する俳優、それも主役級の多くは、歌舞伎を主とする伝統演劇の名優、所謂「大御所」である。
たしなみを欠く私は、彼らが馴染めなかったのである。

そして、三つ目は、「リアリティの無さ」である。
時代劇の舞台は、侍の存在していた社会である。
当然現代、現実とかけ離れた非日常であり、また、それが時代劇という演劇の「フォーマット」である。
しかし、無粋な私は、これが許容できなかったのである。(笑)

さて、こんな時代劇と縁遠い私だが、昨年末、時代劇を見た。
それも、定番中の定番、かつ、特番の「鬼平」(※正確には「鬼平犯科帳 THE FINAL 後編」)を、である。
なぜか。
現実的には、妻が仕事で見なければいけなかったから、だが、不肖のオット的には、原作者の池波正太郎を偲ぶ講演(※演者は池波正太郎記念文庫指導員の鶴松房治さん)を妻とデートがてら聴きに行こうと予定していたから、である。(笑)

生まれて初めてまじまじと見たテレビ時代劇、「鬼平」は、思いの外面白かった。
また、以下気づかされた。

[1]時代劇は必ずしも「単なるチャンバラ劇」ではない(→有意なエンタメコンテンツ、演劇「フォーマット」である)。
[2]時代劇は「リアリティが無い」から良い(→「リアリティの無さ」こそ競合優位の源である)。


これらを確信したのは、ラス前、鬼平こと長谷川平蔵とその上司の京極備前守の、以下の問答を見た時である。  続きを読む

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2017年01月12日

新年、51才を目前に、「誤解を残したまま縁者と別れない」と改めて自戒するの巻

私は本年、51才になる。
24才で一度死にかけたものの、挙句、その約倍、半世紀以上生きながらえてきたのかと思うと、何とも感慨深い。
そんなオヤジ、もとい、ジジイ(笑)の私が新年、51才を目前に改めて自戒することがある。
それは、「誤解を残したまま縁者と別れない」、ということである。
これ位の年になると、人と一度別れると、二度と会えないケースが少なくない。
その人が、折角巡り会えた縁者で、さらに、誤解を残したままだと、正に取り返しがつかず、切なさや自責の念に苛まれること必至である。

私がこのことを初めて身をもって知ったのは、母を亡くした時である。
私は、母との折り合いは悪くなかった(と自分では思っている)が、家でほぼ寝たきりになってからというもの、起業直後の繁忙さにかまけ、また、「そうは言っても逝くのはまだ先だろう」と高をくくり、母の意向の多くを「たわごと」や「甘え」と断じ、素直に受けとめなかった。
その最たるは、結果的に最後の入院になった日の朝、母が家を出る時に投げかけた「じゃ、行ってくるね」の言葉に、愛想良く応えなかったことである。
「腹を痛めて子を産み、苦労して育てた挙句がこれか」。
母は、病院へ向かう車中、さらには、記憶を走馬灯のように蘇らせていた臨終、さぞ無念に苛まれていたに違いない。
本件は、私の一生の不覚、かつ、背負うべき十字架である。

この十字架以外にも、私の背中は十字架でいっぱいである。
昨年新たにかなりの重さの十字架を背負い、覆い尽くされたと言って良い。(苦笑)
誤解を残したまま別れたサラリーマン時代のある上司が、膵臓がんで早世したのである。  続きを読む

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2016年12月16日

ロシアでテスラのアフターサービスがユーザーに運営されている旨の報道を読み、破壊的イノベーションの効用を再認識するの巻

日本で「破壊的イノベーション」、および、その成果物の登場の緊急性が唱えられて久しいが、依然世に登場する成果物は「持続的イノベーション」のそれだ。
なぜか。
私は以下の報道を読み、こう直感した。
主因の一つは、破壊的イノベーションの効用の無理解、ならびに、無期待ではないか。


なんと、ロシアには、テスラが公式デリバリーされていないにもかかわらず、ユーザー/顧客が300人も居るという。
そして、それは、イゴール・アンタロフさんという熱狂上客(笑)、ならびに、彼が責任者を務めるオーナーズクラブが、セールスからアフターサービスまで、更にはオーナーコミュニティの運営から充電ステーションの建設まで、自主的に運営しているからだという。

 

言葉や報酬を必要としないデキかつ持続的な「たった一人の」同志、および、共同経営者との巡り会いを可能にすることも、破壊的イノベーションの有意かつ立派な効用に違いない。
私は驚愕と感心の果て、こう再認識した。  続きを読む

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2016年11月08日

河野洋平さんを「プライムニュース」で再度拝見し、人と人を持続的に丸く収める解を気づかされるの巻

過日、私はBSフジの報道番組、「プライムニュース」を見た。
ゲストは河野洋平さんと息子の太郎さんだった。
私が洋平さんのゲスト出演番組を見るのは、今回で二回目だった。
初めて見たのもこの番組で、当時の議題は慰安婦問題だった
洋平さんは、いかなる思考で所謂「河野談話」を出したのか、論理的に、また、とても誠実に語られた。
私は、洋平さんの慰安婦問題の主張は否定的だが、他の主張、および、底流にうかがえる持論や信条は、司会の反町理キャスターに負けず劣らず「なるほど」だった。(笑)

今回の議題は自民安倍政治の是非だった
洋平さんの主張は前回にも増して「なるほど」で、その最たるは以下、自民党総裁任期延長の懐疑と新自由クラブ分裂(→解党)の自責だ。
「こんなにマトモな政治家が居たのか」。
不遜だが、私はこう感心し、挙句、洋平さんを政治家である前に、先ず人として尊敬してしまった。
最近、石原慎太郎元都知事が築地市場移転問題でメディアによく取り上げられているが、相変わらずの強弁に、過日、高嶋秀武アナは「謝れない人」と切り捨てた。
石原さんのオレ様第一主義(笑)に対する高嶋アナの物言いはこれまた「なるほど」だったが、反対に、自分、ないし、自己利益や自尊心より道理を優先し、誤解と過誤を素直に省みる洋平さんは「謝れる人」と言って良く、人として尊敬せずにはいられなかった。  続きを読む

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2016年10月13日

三浦弘行九段の竜王戦、及び、全年内公式戦出場停止処分の報道に残念しきりの巻(※追加報道入手毎に追記あり)

私は将棋や棋士は大好きだが、日本将棋連盟は大嫌いだ。
閉鎖性と不透明性を旨(信条?苦笑)とする、日本の否定的な縮図を見ている思いがするからだ。
そして、この思いは本報道で高まった。


繰り上げ挑戦者となった丸山忠久九段の思いは全くの同感で、私も日本将棋連盟の処分には賛同しかねる。
今将棋ファンが抱いている疑念は、三浦弘行九段より遥かに日本将棋連盟へのそれだろう。
日本将棋連盟は、三浦九段への疑念の根拠、ならびに、処分の理由を合理的に明らかにする必要があると同時に、竜王戦という最高峰の棋戦に不要なケチをつけた落とし前と最善の落とし所をこれまた合理的に明らかにする必要がある。  続きを読む

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2016年08月03日

ヘンリック・ステンソンの全英オープン優勝に感動、考えさせられるの巻

先月の17日、スウェーデンのヘンリック・ステンソンが全英オープンを制した。
しかも、メジャーの超常連かつ実績者でもあるフィル・ミケルソンと二人旅の死闘を演じ(3位と大差をつけて)、タイガー・ウッズのコースレコードを破って。


ステンソンは、過去準メジャーは何度か制しているものの、メジャーを制したのは今回が初めてだった。
怪我とスランプ。
周知の通り、これはプロ・アスリートの宿命だ。
ステンソンもご多分に漏れず、この宿命に見舞われ、「どん底」を味わったというが、その傷跡は全くうかがえず終始強かった。

また、解説の青木プロと丸山プロが絶えず感心、賞賛していた通り、今回のステンソンのプレイ、それもとりわけパッティングには「怯み」や「躊躇」、ひいては「迷い」が全くうかがえず、終始安定していた。
「迷い」の無さ。
ステンソンはこの点においてミケルソンを紙一重で凌駕し、そして、勝った。

何がステンソンから「迷い」を奪ったのか。
戸張キャスターと森下アナは各々ミケルソンを「スーパー・ルーザー」、「グッド・ルーザー」と称え、その絶えざるスーパー・プレイと猛チャージを挙げたが、加えて青木は「どん底」の経験と、挙句の「開き直り」の開眼を挙げた。  続きを読む

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2015年11月27日

フィギュアスケートのロシア大会を見、ソトニコワ選手の演技につくづく感動し、かつ、日本女子フィギアの復活の当面の無さとその所以を再考するの巻

「自分より優秀な人だけを採用する」。
私は今、Googleのラズロ・ボック人事担当副社長が書かれた「ワーク・ルールズ!」を読んでいるのだが、ラズロさん曰く、本事項こそGoogleの採用方針の核だという。
たしかに、社会も、会社も詰まる所、生み出す果実の質量は構成する「人」で決まるものであり、年々倍々ゲームで成長しているGoogleのこと、言われてみれば成る程だ。
人事担当者に限らず、既存全社員が積極的にリクルーターを兼務し、自分より何か一つでも優秀な能力の持ち主だけを雇い入れていれば、社員偏差値は年々向上するに違いないが、倍々ゲームの近因は、そうしてリクルートされたルーキー社員のリリーフ(?・笑)効果もさることながら、「自分より優秀な」彼らの仕事ぶりを間近で見、触発された既存社員の底上げ効果だろう。



二つ目のパラグラフで述べるのは些かせっかちだが(笑)、私がこのブログ記事でのたまいたいのはこういうことだ。
要するに、私たちは、良くも悪くも外部環境に容易に同化(伝染)/順応し、かつ、そもそもリソースが知れているからして、「良いヒト、モノ」を「見るべし」、「見せるべし」である、ということだ。
「良くないヒト、モノ」を「見る」のは、生来の能力と気概を殺ぐのに等しく、極力回避すべきだ、ということだ。
そして、「良くないヒト、モノ」を「見せる」のは、その後押しをする可能性/リスクがあり罪深い、ということだ。

ちなみに、この罪深さにおいて日本屈指(笑)の一人は、恐れながら秋元康さんだろう。
私は秋元さんを世紀末のトリックスターに窺える時が少なくないが、秋元さんがおニャン子やAKBを世に出し、そして、見事オーソライズされたことは、「隣の普通の姉妹でもアイドルに成れるんだ!」と、ひいては、「あれで良いんだ!」、「ダメな自分でも良いんだ!」との、歪んだ過剰な現状自己肯定を旨かつ是とする不毛な成長(自己変革/自己プロデュース)不要論とその国民的合意(コンセンサス)の形成を、更には、日本一億総不活躍社会の形成を、間違いなく後押ししただろう。

勿論、本件は秋元さんの本意ではないだろう。
秋元さんの本意を斟酌するに、「隣の普通の姉妹でもアイドルに成れるんだ!」は、あくまで「アイドルに最適な身体に恵まれずとも、また、ひと目で誰もが分かる長所に恵まれずとも、対象マーケットが望み、かつ、既存アイドルが手付かずの価値を、即ち、競合優位を、自分が戦略的かつ一心不乱に創造できれば」との付帯条件を要するものだろう。
「どんな人でも、時代とそのお客と頭を使って全身全霊で寝れば、相応の成功と幸福を享受できる」。
秋元さんがおニャン子やAKBというエンタメコンテンツ(商品)を通じて私たちに投げたメッセージは、本当はこういうことだろう。

秋元さんの高邁な思想は分かるし、強く共感する。
が、おニャン子やAKBを介したやり口は、何事も自分に好都合に考えてしまう、良くも悪くもソコソコ豊かで満たされている(≒問題/危機/成長/目標意識の乏しい)現代日本人にはそもそも無理筋で、先述のコンセンサスに発火点とお墨付きを与えたのが実際だろう。
やはり、商品の作り手、売り手が私たち凡人に「見せるべき」は、また、私たち凡人がお手本、ロールモデルとして「見るべき」は、「良い人、モノ」であり、またそれが、多様な人間の混在する一般社会には低リスクだろう。

ここでようやく本題というか、本ネタ(?・笑)である。

過日、フィギュアスケートのロシア大会を見た。
ロシアの新鋭メドベデワ選手、グランプリシリーズ出場2年目のラジオノワ選手の、各々15、16才とは到底思えぬ確かな技術と艶めいた演技、そして、2位、1位のリザルトにはつくづく感心したが、2014ソチ五輪ゴールドメダリストのソトニコワ選手の、これまた19才とは到底思えぬばかりか、もはやアスリートを超え女優とも言える圧倒的な演技には、ソチ以来初めての試合出場で彼女たちほど技術点が稼げず(→演技構成点は彼女たちより稼いだ)、お立ち台に3番目に立ったのがどうでも良くなるほど、つくづく感動してしまった。

最も感動したのは、試合ではなく、エキシビションでの「白鳥の湖」の演技だ。
ソチ以降の試合欠場は足の怪我に因るものとのことだったが、ゴールドメダリストの頂点から控え選手の最下点に急降下した2年間の無念を心身双方へ肯定的にフィードバックした跡が、そして、アスリートとしてだけでなく女性として、人間として格段に成長した跡が、ありありと窺える正に圧巻の演技で、メドベデワ選手とラジオノワ選手、更には、本大会に不出場のロシア一軍選手と、明らかに役者が違った。

 
(※)↓からロシア語版を抜粋
http://skating.livedoor.biz/archives/51937995.html   続きを読む

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2015年11月26日

ユニクロ御徒町店のダントツ笑顔女子から感心感動と希望を授かるの巻

「ユニクロ」を事業展開するファーストリテイリングは、2009年から毎年勤労感謝の日の時分、「創業感謝祭」との冠で、数日に渡る大掛かりなセールを実施している。
今年は(去年も?)早朝来店客へのパンと牛乳(=軽朝食)の振る舞いが無く(というか、そもそも開店時間が早朝6時ではなく9時になっている)、その所以が気になったが(笑)、それはさておき、近年愛用している極暖ヒートテックのタートルネックタイツが990円と1,000円を切って、定価比約半額で売られるとのことゆえ、2日目の土曜の帰路、近所で最近行きつけのアメ横吉池のユニクロ(御徒町店)で恩恵にあずかることにした。(笑)


色と柄が激増したそれらの商品を散々見比べ、断腸の思いで選択、決断し(笑)、レジ待ちの一列集約行列に最後尾についた時のこと。
私は、横一列に並んだ数名のレジスタッフの内、右から3番目の女性に目が行き、釘付けになった。
そして、愚かにも(笑)こう願ってしまった。
「彼女に梱包、精算してもらえると良いな!」。

なぜか。
正直、オトコならではのスケベ心が皆無だったとは断言しないが(笑)、ひと言、彼女の表情がダントツに好かった。
とりわけ笑顔が一際大きく、素敵だった。
誤解の無いよう付言すると、他のスタッフの表情、笑顔も決して残念ではなく、ただ彼女は飛び抜けていた。

神様はやはり慈悲深く、私のこの愚かな願いをもスルーなさらなかった。(笑)
私は彼女に商品を梱包、精算してもらう奇跡にあずかった。  続きを読む

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