2009年05月05日

村上龍さんが坂本龍一さんという親友に四半世紀もの間恵まれたことを述懐しているメールマガジンに感動するの巻

私にはYという親友が居た。
「居た」と過去形で表しているのは、現在縁が切れているからだ。

Yと出会ったのは、中学二年生の時だ。
Yと仲良くなったキッカケは、家と趣味(音楽/ギター)が近かったことだ。

私がYに魅かれたのは、以心伝心でき、かつ、一緒に居てとても心地良かったからだ。
思考や行動の習慣はかなり違っていたが、物事の判断基準や価値観はかなり似通っていた。

Yが私に魅かれたのも、同じ理由だと思う。
そんなようなことを、大学時代Yが、初めて購入したワープロ(=東芝Rupo)の練習用にと、手紙にして伝えてくれ(て思わず涙し)た記憶がある。

私とYは、相当量の時間/事情/心情を共有した。
好きな女性ができた時はもちろん(笑)、特段用事が無くても、空が白けてくるまで、眠気と戦いながら(笑)語り明かした。

Yとの縁は、10数年続いた。
現在切れている直接の原因は私の度重なる地方転勤と彼の結婚による転居だが、元凶は私の未熟さだ。

「親友は、好機に乗じて一気に『獲得』するものではなく、相手と自分の双方に積極的にコストを投じて『育成』するものである」。
私は、このことをYとの縁から学んだ。

だからであろう。
私は、先ほど、村上龍さん坂本龍一さんという親友に四半世紀もの間恵まれたことの喜びと奇跡を述懐している以下のメールマガジン記事(2009年4月30日発行分JMM/ジャパン・メール・メディア)を読み、強く感動した。
坂本龍一のコンサートに行った。
(※中略)
余談だが、「Sheltering Sky」を聞いているとき、もうこんな友人を持つことはできないんだな、と思った。
常にいっしょにいたり常にいっしょに仕事をしているわけではなく、ことさらに気が合うということでもなく、「自分以外にもこれほどわがままで動物的な人間がいたのか」という驚きと、それにリスペクトと信頼で、30年弱、4半世紀も関係を維持できる親友を、もう新しく持つことはできないのだと思った。
今、才能豊かな人と新しく知り合っても、今の坂本龍一とわたしのような関係を築くためには、あと30年も待たなくてはならない。
そのときわたしは80代になっているわけで、そんなことは実質的に無理だと思ったのだ。
http://lulu09.web.fc2.com/09/0430JMMex.pdf(※全文)

親友は、最良最高の財産だ。
私は、今後も親友の「育成」に努めたい。
そして、いつか、Yと再会したい。



★「The Sheltering Sky」坂本龍一さん





Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2009 Japan
(「The Sheltering Sky」も収録されています)
坂本龍一
commmons
2009-09-23



★「村上龍x坂本龍一 特別対談」





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