2009年09月01日

「佐野元春のザ・ソングライターズ」を見て、松本隆さんの詞が時代を問わず多くの人の心をひきつける理由がわかった気がしたの巻

昨日、私は、録り貯めておいた作詞家松本隆さんのインタビュー番組(「佐野元春のザ・ソングライターズ」)を見ました。
松本さんは、70年代から今日まで、数え切れないほど多くのミュージシャンに詞を提供し、数え切れないほど多くのヒットを作ってきました。
私は、数ヶ月前に見た「情熱大陸」と相まって、松本さんの詞が時代を問わず多くの人の心をひきつける理由がわかった気がしました。
なぜ、松本さんの詞は、時代を問わず多くの人の心をひきつけるのでしょうか。
私が洞察したのは、「松本さんは普遍の真理(人間の本質)を紐解くこと、並びに、大衆に長く歌い継がれることを詞のレーゾン‐デートル(存在価値/存在理由)と考え、強く希求なさっているから」、です。

松本さんは、ご本人もコメントなさっている通り、もちろん、言葉/詞そのものがとても好きなのでしょう。
でも、もしかすると、それ以上に、普遍の真理の語り部になること、並びに普遍の真理の語り部であるご自分が好きなのではないでしょうか。

以上は、あくまで私の洞察&推量です。(笑)
ただ、「普遍の真理の解明は、(大衆向け)ビジネスの場合、一見遠回りに見えるものの、実は近道である」という考えは、正に普遍の真理です。
また、不遜ですが、日頃私が信じ、励行していることです。
なので、以上は、あくまで洞察と推量ですが、共感と自信になりました。

松本さんのコメントの内、とりわけ印象に残ったものを末に付しました。
あなたさまにもご参考になれば幸いです。

ちなみに、本記事の文末表現を、これまでずっと採用していた常体(「だ」「である」調)ではなく、敬体(「です」「ます」調)にしたのは、ロックに「です」「ます」調を初めて取り入れた松本さんへの敬意の印です。
敬体の文末表現は、書いていて思いのほか気持ち良く、引き続き採用するかもしれません。(笑)


★「情熱大陸(2009年3月15日放送分)」で印象に残った松本さんのコメント

「愛してる」って連呼しても、全然信用できないよね。
誰か隣に女の子が来て、「私、あなたのことが好きなんです」って百回言われても、嘘かもしれない。
どうやって、「愛してる」とか「好き」という言葉を使わないで、それを伝えることができるか。
それがわかれば、歌になる。

(言葉の発信者として、普段何から言葉を吸収しているのか?)
今まで見た映画とテレビと読んだ小説と体験したこと全て。
全部それが素材になっている。

(何か新たに吸収しようとかしているのか?)
それって、もう不自然なことなの。
「何かのために何かする」っていうのは、不自然なの。
例えば、「ネタを仕込むために本を読む」とか。
それをやると、不自然だから。
不純な動機から生まれた知識は、不純な作品しか生まない。
それも、やっちゃいけないことの一つ。

(詞を)書くのは早いのね、僕は。
二時間くらいで書けちゃうんだけど、そこに、その世界に到達するまでに、長いと半年くらいかかる。
「何を書こう」っていうんじゃなく、何か星雲みたいなものがあって、モヤモヤっとしたものがあって、で、じっと見てるとそれが凝縮してって、で、だんだんクリアになってくるわけ。
余計なものが取り除かれていって、で、残ったものを言葉にしてあげるって感じ。

(これまで「もうやめたい」と思ったことはないか?)
もう毎日やめたい、逃げたい。(笑)
一個作る度に、「もうやだ、もうやだ、もうこんな辛い思いしたくない」って思うね。(笑)

(それでも書き続けるのは?)
やっぱ、本当に言葉好きなんだよね。


★「佐野元春のザ・ソングライターズ(2009年8月15日放送分)」で印象に残った松本さんのコメント

はっぴいえんど時代、60年代、70年代、政治的季節な中での表現ということで、当然松本さんの視点というのは、反体制であったり、或いは、既成に対する異議申し立てであったような気がするんだけど、80年代、職業作詞家となられて、質もそうだけど、より量を売ることに関心を持たれますよね。ここの心境の変化というのは?)
何も変化してない。
ビートルズっていうのは、質も量も高かったわけ。
はっぴいえんどは、量は最初から切り捨てて、ファンサービス一切ゼロ、エンターテイメント全くゼロ。
だから、受けなくて当たり前で、最後の方で受け始めちゃったから、居心地が悪かった。

(80年代に入って、そのエンターテイメントの中枢である松田聖子プロジェクトに関わった。ここは?)
はっぴいえんどの時に追求できなかった「質も量も狙いましょう」みたいな。

(その際、ライティングに何か質的な変化はあったんでしょうか?)
無いと思うよ。
それはね、時代が追いついたんだと思う。
ある種、はっぴいえんどの延長のことをやっているだけなのにさ、大瀧(詠一)さん引っ張り出して、細野(晴臣)さん引っ張り出して。
で、いまだに「天国のキッス(曲:細野晴臣)」が最高傑作だと思う。



ユートピア
松田聖子
ソニー・ミュージックダイレクト
2013-07-24


(松本さんの好む言葉、詞の中で結果的によく使っている言葉は?)
風だよ(笑)
無機質なものが好きでね。
風とか水とか。
結構本質なような気がするの。
固定しないで、流動的で、形が無い。
形があるモノはあんまり信じない。



風街ろまん
はっぴいえんど
ポニーキャニオン
2009-02-18


(その考えは「真実なんか無いよ」っていう感じ?)
いや。
真実はあるけど、形が無い。
形のあるモノしか見えない人は、永久にわかんない。
根源的なそういう人間にとって本質な問題っていうのは、やっぱ、科学も哲学もみんなお手上げなわけ。
「生とは何か?」とか、「死とは何か?」とか、「愛とは何か?」とか、「人間とは何か?」とか。
全部(見えないところへ)置かれちゃってる。
で、置かれているモノを、一所懸命歌とか詞がさ、みかんを剥くみたいに紐解いているわけよ。
手を変え、品を変えて。

(作詞や作曲を、多くの人は、「感性で作るんじゃないの」と考えているんだけど、僕の意見によると、たしかに感性も大事なんだけど、しかし技術や経験の方がむしろ大切なのではないかと唱えているんですけど、これについて松本さんはどう思いますか?)
逆だね、僕は。
技術は、忘れた方がいい。
ああ、忘れるんじゃなくて。
スキルは、高ければ高い方がいい。
語彙は、人より何十倍も知っている方が、よりアドバンテージがある。
でも、覚えた後は、忘れちゃいなさいってこと。
絶対、how toでは書けないから。
how toで書けることって、物凄く浅いことなの、人間の心理のね。
そうじゃなくて、昔の人は「心で書きなさい」とか言うんだけど、それも抽象的だからさ、「忘れちゃいなさい」って僕は言うの。

(松本さんは、商業音楽の中で常に「売れる音楽」と向かい合ってきた。
何が売れますか?)
いいものが売れるんだよ。

(それは、ご自身の技術ではない、と言い切れますか?)
うん。
僕はスキルは高いよ、多分ね。(笑)
語彙も豊富だけど、いつも真っ白だね。
その真っ白なところが僕のいいとこだと思う。

(松本さんがヒット曲を書かれる時には、人々の生活、しぐさ、言葉といった、広義でも狭義でも色んな部分を観察なさってきたと思うんですけど、そういった流れの中で70年代から現在まで社会の中をどのように見てきたのか?)
「時代を映す鏡でありたい」とは思うんだけど、でも、たとえば、松田聖子がこんな形で残ってくっていうのが、予測できなかったのね。
ある意味、時代と歌って関係無いんじゃないかって最近思う。

(それは、「いい曲は今でも引き継がれる」っていう意味からでしょうか?)
そう。
「何が普遍か?」って考えた方が、逆にいいかもね。
時代を先読みしたり、予測したりとかみんな考えるんだけど、普遍的なモノを作り出した方が、売れるし、お金になる、ということだよね。
「お金になる」っていうのはさ、悪くとらないで、物凄く現実的な評価だと思う。

(「売れる曲を書く」というのは、「時代を読む」ということだと、正にマーケティングだと思っていて・・・。)
マーケティングするとね、何かいい曲聴いて、「あ、こういう曲作ろう」と思うでしょ。
すると、作る人間は、その三ヶ月前に録音しているわけ。
で、録音する前に詞と曲を作るじゃない。
だから、作る前に半年くらいあるわけ。
で、それからそれに影響されて自分が作ると、やっぱ半年かかる。
と、最初に作った人から一年遅れるのね。
で、この一年の遅れって、決定的なのね。
致命的なの。
だからマーケティングは、歌作りには殆ど意味をなさない。
それより、自分のアンテナを常に磨いていれば、どんなに時代が変化しても、それに対応できる。
「アンテナを磨く」っていうのはどういうことかというと、感受性を鋭くすること。
そしたら、時代がどんな変化をしようとも、対応できるわけ。
それも自然体でね。
すると、タイムラグが無いのね、時代と。

(より普遍的なモノを追求するためにアンテナを磨いたり、感受性を研ぎ澄ますためには、何をしたらいいんでしょうか?)
映画を一日一本見ていた時期があるのね。
年間で200本くらいは見ているかな。
あと、中学生の頃、読書好きの友達が居て、一緒に図書館へ行って、「この棚からこの棚まで、どっちが先に読むか!」って競争したわけ。
だからね、最初は、あんまり好き、嫌いを決めないで、とにかく銃弾爆撃みたいに、何でも吸収しちゃうの。
で、何年か経つとね、自然に振り分けられるわけ。
「自分はこっちに向いてるな」とかね。
割とそういうやり方をしたかもしれない。
映画も、(見るモノを)あんまり決めないで、SFから、恋愛映画から、時代劇から何でも見ちゃうわけ。
とにかく、脳の中に全部入れちゃう訳。
それでしばらく放っておくと、自然に振り分けられて、必要なモノと必要じゃないモノに振り分けられるのね。
そうすると、自分の中で何したらいいのか方向性が見えてくるのね。
それは自然だと思う。

日本って、やっぱり、紙に書いた詞よりも、歌われた言葉の方がずっと歴史が古い。
というのが僕の持論。
記録に残っている最古のモノが「万葉集」だけど、もっと前から多分あるよね。
雨乞いとか。
最初は雨乞いだったと思う。
「どうか神様、雨降らしてください」っていう。
で、それにメロディがつくと歌になる。
そういうことを考えていくと、歌の言葉って大事だなと思うし、それなりに誇りを持って歌を作っていくって言うのは大切なことで。
それは、大衆に支持されて、大衆の中で残っていくっていうのが最も重要なことで。
アカデミックに褒められるかどうかなんて、一切無視していいと思う。
僕は頭から無視しているし。
だから、常に大衆だけだね、僕が気にしているのは。

僕の場合、ネタばらししても簡単に真似できないから。(笑)
HOW TOじゃないからね。
「こうすればいい」っていうのはない。
生き方の問題だから。
「こういう生き方をしたら、ちゃんと生きられる」ということを(番組では)話したつもりだから。
それがわかっていれば、いくらでも応用が利くのね。
色んな職業に応用が利くと思う。



<関連記事>
「佐野元春のザ・ソングライターズ」を見て、矢野顕子さんの音楽が他の音楽家の音楽で代替できない理由を少しだけ知るの巻
「音楽のチカラ/青春の言葉 風街の歌 作詞家松本隆の40年〜」を見て、松本隆さんの詞が時代を問わず多くの人の心をひきつける理由が改めてわかった気がしたの巻


▼その他記事検索
カスタム検索

トップページご挨拶会社概要(筆者と会社)年別投稿記事/2009年

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/masterhori/51884278