2010年05月19日

「ゲゲゲの鬼太郎」の著者の水木しげるさんと「ゲゲゲの女房」こと奥さまの武良布枝さんの名言に多々考えさせられるの巻

今朝、「あさイチ」なるNHKのテレビ番組に、「ゲゲゲの鬼太郎」の著者の水木しげるさんと「ゲゲゲの女房」こと奥さまの武良布枝さんが出演なさっていました。


私は、日頃この番組を視聴することは無いのですが、連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が高視聴率なようなので、支度をしながら視聴しました。(笑)
結果、非常に名言が多く、多々考えさせられたので、少し記しておこうと思います。

私がとりわけ考えさせられたのは、ゲストの倉田真由美さんのご主人の会社が倒産してしまったことに対する布枝さんの以下の旨のお言葉です。
(倉田さんご夫妻は)今も元気で生きてるんですよね。
だったら後は気持ちの持ち様。

私は、布枝さんの思考習性に強く感心、感動しました。
というのも、布枝さんは、幸福の十分条件として「今を生きられること」を自然にお挙げになったからです。

もちろん、幸福の十分条件は十人十色であり、布枝さんが挙げた事項が正解とは限りません。
しかし、布枝さんが挙げた事項は正解に最も近い賢明解であり、それを即答なさった布枝さんに私はついシビれてしまったというわけです。(笑)

布枝さんが挙げた事項が賢明解であるのは、人生は諸行無常だからです。
不確実性が高く、一寸先が闇のこの世において、「大金を得ること」とか「出世すること」といったものは、幸福の必要条件と判断するのは賢明ですが、十分条件と判断するのは不賢明です。
「いつ何がどうして心身が犯されるかわからない」、「いつ何がどうして財産や社会的地位を失うかわからない」この世における幸福の十分条件は、「今を生きられること」と判断するのが賢明です。

布枝さんが幸福の十分条件の賢明解を即答なさったのは、水木さんとの人生でリアルに培った人生訓だからだと思います。
「今貧しくとも、好きな漫画を一日中渾身の力で描いて生きていられるのは、戦地で片腕を落とすも生き残って帰国できたから、つまり、今を生きているから、に他ならない」。
水木さんは幾度と無くこう考え、やがて、そんな水木さんを敬愛し、水木さんと真っ黒になったバナナを心底美味しく感じながら食べ(※布枝さん談)、水木さんとの人生を真摯かつ積極的に生きていく中で、布枝さんも同じように考えるようになったのだと思います。

私たちも、人生が諸行無常であるのを知っており、「今を生きられること」が幸福の十分条件の賢明解であるのを頭ではわかっています。
しかし、布枝さんのように、日常の中でそれを即答できる人は、僅少だと思います。
なぜなら、私たちの多くは、諸行無常の最下点、すなわち、「今を生きられれば人生は十分幸福である」と認知する以外無い逆境に遭っていなかったり、遭っていても積極的に受け入れていなかったり(←外部へ責任転嫁してしまう)、遭った人の心情を心底イメージしかねていたりするからです。
私たち日本人の幸福度が低い理由は、もしかすると、こんなところにもあるのかもしれません。


ゲゲゲの女房
武良 布枝
実業之日本社
2008-03-07




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