2011年03月03日

京都大学入試問題漏洩事件が「大事件」として報道される理由を考えるの巻

「最高学府」の知を代表する大人たちがまなじりを決して「絶対に許せない」と言っている「受験生の犯罪(?)」。あれほどの「大事件」として報道される理由はなんなのだろうか。
http://twitter.com/itoi_shigesato/status/42996384659406848

と、今朝、糸井重里さんにツラれてしまったので、私は本件を少し真剣に考えてみました。(笑)

考えついた理由は主に二つです。
一つは「社会の権威や構造が侵されるコト&可能性に対する警戒」で、もう一つは「想定外的に他者を出し抜くコト&可能性への警戒」です。
日本の社会は、高い学歴を持つことが有利な構造になっています。
日本の学歴は、卒業大学で決まる構造になっています。
学歴の高低は、卒業大学の権威度で決まる構造になっています。
京都大学の権威は、極めて高く、日本屈指と称されています。
大学の卒業は、入学でほぼ約束されている構造になっています。
「カンニング」の意味は「不公正な受験態度」ですが、本質は「想定外的に他者を出し抜くコト」です。
京都大学にカンニングで入学できる可能性があるということは、日本社会の権威や構造が侵される可能性がある、それも、「想定外的に出し抜かれて」侵される可能性がある、ということです。

よって、本事件は、権威と構造が硬直し、予定調和と右へ倣えを選好する(←想定外と競争を嫌悪する)今の日本において、二度と起きてはいけない、社会的に警戒すべき「大事件」なのです。
見知らぬ三流大学で起こっていれば、「大事件」として報道されることはなかったに違いありません。(笑)



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