2011年08月07日

「離婚式」なる儀式を知り、人生における「感想戦」の有意義さを再認識するの巻

過日、私は、偶然あるテレビ番組(NHK/ドキュメント20min.「この度は…おめでとうございます」)を見て、「離婚式」なる儀式を知りました。
この儀式は、読んで字の如く、結婚式の反対の儀式です。
双方の同意が結婚式以上に求められ、実施は容易ではないと思いますが、離婚を決意した夫婦は是非実施してみてはどうかと思いましたし、もし私が二度目の離婚を決意した折は是非実施してみたいとも思いました。(笑)

なぜ私が離婚式をかくも肯定評価するかと言うと、ひと言で言えば、将棋の「感想戦」に通じる有意義さを直感したからです。
感想戦とは、自分の指した手の何が悪手(or緩手)だったか、それがどのような背景/思考に基づいて意思決定していたか、指すべき最善手は何だったのかを、終局後、勝者と敗者が共にトコトン考え、指摘し合う、将棋の恒例儀式です。
たしかに、感想戦は、実施したからと言って、悪手が指し直せたり、勝敗が覆ったりすることはありません。
局所的には、悪手の指し手、とりわけ敗者には自己否定を強い、大変酷です。
しかし、大局的には、敗者にも、勝者にも、自分の意思決定のプロセスと結果を、儀式として虚心坦懐に振り返る好機と成り、非常に有意義です。
ちなみに、現在最強の棋士の羽生善治さんは、自他共に認める感想戦の励行者です。

私が離婚式を感想戦と同義で有意義だと直感したのは、正にこの点です。

経験者ゆえよくわかるのですが、離婚は「大人の喧嘩の不始末」です。(笑)
喧嘩なのでどちらかが悪手を指しているのは間違いないのですが、お互い感情的になり過ぎて、その悪手がどちらの何だったのか、それはどのような背景/思考に基づいて指されたのか、本来どんな手を指すべきだったのかを悉くスルーしてしまいます。
そして、どちらが正しいとか、どちらに責がある(多い)とか、いわゆる「犯人探し」に躍起になってしまい、気づくと、「そんなバカとはもう一緒に暮らせないので、離婚だ!」と拳を振り下ろしてしまう訳です。

そこで、離婚式では、感想戦が行われます。
具体的には、二人がどのようにして交際を始め、どのようにして結婚を決意し、どのようにして結婚生活を送り、どのようにして離婚を決意したかが、参列者にスライドショーで順送りで解説されるのです。
これは、拳を振り下ろした夫もしくは妻にも、拳を振り下ろされた夫もしくは妻にも、自分の指した悪手とその意思決定のプロセス、及び、二人三脚で築いてきた絆を、儀式よろしく、虚心坦懐に振り返る好機と成るに違いありません。
離婚式を実施した夫婦の多数が離婚後友人関係でいたり、新しい人生を毅然と歩み始めておられること、そして、少数が復縁なさっていることは、いずれも非常にうなづけます。
私は、番組が紹介していた後者の夫君の以下の旨のお言葉が、非常に印象的でした。

(※スライドショーを見て)この10年間、(妻と)手を繋いでいない(ことに気づかされた)。
(離婚式が)終わったら、夫婦で(もう一度)話し合ってみます。

感想戦は、人に、「過去の納得」と「未来への希望」を授けます。
「終わったことはもういい!それよりも、大事なのはこれからどうするかだ!」とうそぶいて感想戦を端折るのは、公私共々、人生の機会損失に他なりません。



★ご参考/将棋の「感想戦」に関する良解説書

将棋をやってる子供は、なぜ「伸びしろ」が大きいのか?将棋をやってる子供は、なぜ「伸びしろ」が大きいのか?
著者:安次嶺 隆幸
販売元:講談社
(2010-10-26)
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