2013年04月05日

小菅正夫名誉園長のインタビュー番組を見て、旭山動物園が啓蒙を運営コンセプトに据えて来園者満足を徹底追及するに至った所以を理解するの巻

DSCF5931忙しさにかまけて長いこと書きそびれていましたが(笑)、私が昨年ようやく訪れた、札幌ドーム球場に続くもう一箇所の北海道名所は旭山動物園です。
旭山動物園は「行動展示」と全国屈指の来場者数で有名ですが、そもそもはパンダの様な所謂人気動物が居なければ、アクセスも良くありません。
それでも、なぜ、全国の数多の老若男女が旭山動物園に訪れるのか。
なぜ、旭山動物園は彼らを魅了して止まないのか。
私は、この所以にかねてから強い関心があったのです。

ようやく訪れて推断したのは、「旭山動物園の強大な魅力は、来園者満足を徹底追及した独自の啓蒙的運営に在る」ということです。
動物園は凡そ「動物の公開飼育所」なのですが、旭山動物園は「動物の愉快な学校」に思えました。
動物を柵の中に飼って、「あとは自由にご覧ください」ではなく、彼らの生態、とりわけ行動習性を分かり易く、また、微笑ましく教示し、絶えず来園者を触発していました。
行動展示はこの一手法に過ぎず、多数の手書きポップも有効でした。
当時、私は、「動物園の動物は、飼うモノではなく、魅せるモノだ」と感心すると共に、「然るに、やはり店舗の商品も、置くモノではなく、魅せるモノだ」と再認識したりもしました。(笑)





では、なぜ、旭山動物園は来園者満足を徹底追及するに至り、また、啓蒙を運営コンセプトに据えたのでしょうか。
当時、これは推測の域を出ませんでしたが、過日、行動展示の創始者である小菅正夫名誉園長のインタビュー番組(「みんな子どもだった」)を見て、動物園としての原点回帰だと理解しました。
小菅さんの述懐によれば、小菅園長以下スタッフは、長年、「いかに動物を健やかに飼うか?」と動物を飼うことばかりに夢中で(※1)、「なぜ動物園は要るのか?」と動物を社会的に飼うべき理由、即ち、「動物園の大義」の思考、定義を等閑にしていた(※2)のです。
来場者数が減少の一途を辿っていても、運営主体の旭川市がジェットコースターを導入し、来場者の増加を無理やり推進しても、我関せずだった(※3)のです。
そんな折、集客を断念した旭川市から不意に閉園を言い渡され、初めて動物園の大義について熟考した(※4)(※5)のです。
そして、「自然と隔絶し、野性性を殺がれた現代人には、それらを想起、再認識できる、掛け替えの無い学びと憩いの場が必要であり、然るに、それらを明確かつ愉快に披露、啓蒙できる動物園は、歴史が証明する(※6)よう、社会の必需品に違いない」と思考、定義した(※7)のです。
更に、その具体的手段として、動物の身体及び能力的特徴、即ち、「”その”動物の個性と長所」の披露、教示に長けた行動展示を、動物毎に「ステージ」として発案、運営するに至った(※8)のです。

小菅さんの述懐で改めて気づかされたのは、大義の重要性と可能性です。
人が一人では生きていけないように、いずれの組織、商品も、対象とする人たちから支持される必要があり、それには、自らの価値、ひいては、存在意義が彼らの支持を得るに足る内容か否か、即ち、大義に成り得ているか否か、が重要なのです。
そして、大義に成り得ていれば、それを展開する有効な具体的手段は必ず在り、実行の暁には、必ず彼らの感動と更なる支持を呼ぶのです。
もし、旭川市から閉園を言い渡されてもなお、小菅園長以下スタッフが動物を飼うことにのみ執心し、旭山動物園の大義を等閑にしていたら、現在の強大な魅力は在り得なかったに違いありませんし、仮に、行動展示だけ発案できたとしても、来場者の目には「動物の見世物」としか映らず、これほど彼らの感動を得ること は無かった、そして、これほど支持が全国の老若男女に広まることはなかった、に違いありません。
大義無き手段はあざとく、虚しいだけです。

ところで、なぜ、小菅園長以下スタッフは、旭山動物園の大義を定義できたのでしょうか。
主因は、先述の通り、閉園の危機に追い込まれたことに違いありませんが、組織の長たる小菅さんが、豊饒な経験と多角的な仮説に基づく動物や人間、否、生物に対する確固足る持論を持っていたことも、相当大きかったように思えてなりません。
なぜなら、意義や理念の類は必ず持論を基盤とし、それが深遠で、確然としていればいる程、普遍化し、共感を得るものだからです。
「動物は、環境に適応すべく、絶えず自分自身を変えて、生存、進化してきた。しかし、人間は、自分自身を変えず、絶えず環境を変えて、生存、進化してきた」。
「生き物を食べることに躊躇は無用。生き物を食べることは、その生き物と合体すること、生命を全自然界的に再構築させることだ」。
私は、小菅さんのこの生物論を終生忘れません。

そして、私は、小菅さんの発案した行動展示が、速やかに人間社会でも運営されるよう願って止みません。
共存共栄の大義に基づく、個人の個性と長所を余すこと無く発揮、披露する特別ステージこそ、十人十色の人間社会の必需品に違いありません。



★倉本聰さんによる小菅正夫旭山動物園名誉園長のインタビュー(※「みんな子どもだった」2013年3月17日放送分)

【小菅さん】
(旭川市から)「動物園なんて、もう要らない」って言われたんですよね。
もう突然なんですよ、言われたのが。
色んな繁殖研究だとかねそれに基づいて基礎研究をやって、勿論、論文も書いてますし、発表もしてましたし。
そういう状態で、私たちは、「旭山動物園はしっかりやってる」っていう認識があったのに、市役所は「あんなモノは要らない」って言い始めたんですよ。

【倉本さん】
一時期、旭山動物園って、観覧車とかジェットコースターとかあったでしょ。

【小菅さん】
そうそうそう。
丁度その時です。
その時に、「要らない」っていう前にやったことは、全く小手先ですよね。
ジェットコースターとかね、あんなモノ入れて、「(客が来ないのだから)とにかく、客さえ来ればいい」という方向に走っていったんですよね。
私たち、動物園ですからね、「何やってんだろうな?」って思ったけど、別にそのことで意見も求められないしね。
要するに、「動物やってもダメだし、遊園地やってもダメだ。何やってもダメだ」っていうのが役所の判断だったんです。
その時です、「動物園、無くていいのか?」って考えたのは。
で、現時点で「無くなっていい」って言ったって、動物園はじゃあどういう歩みをして今まで来たのかっていうのを、全く知らなかった訳ですから。

(中略)

(動物園の存在が初めて)記録としてしっかりと出て来るのは中国なんですよ。
紀元前1050年の周の国にブオウさんっていう人が居て、「知識の園」っていう名前なんですけどね、色んな動物が飼われていて、それを皇族の人が見て、楽しんでいたっていう記録なんですよ。

(中略)

(世界各国の)これら(の動物園)に交流なんか無いですよね。
ってことは、(各国の動物園は)自然発生的に出来ていて、しかも、全て都市のど真ん中に在る。
今 から3千年も前からね、動物園っていうものが(世界中に)在って、勿論、役割はそれぞれ変化していったでしょうけども、それが何と現代まで続いているって いうことは、その時その時の人間としてのあり様にね、やっぱり動物園っていうのは必要性があって、都会のど真ん中に在り続けたんではないかっていう風に、 その時は歴史を見てね、そう思ったんですよね。
じゃあ、なぜ、突然今「要らない」って言われるのか。
それは、動物園の本当の役割というものが、浸透してないんではないか。
現実に僕は役割なんて、考えもしなかった。
知 識としては知っていたけど、それをどうやって展開するかっていうことは意識しないで、動物のことだけを見て、動物を健康に飼って、「この動物をどうやった ら繁殖することができるのか?」とか、あと、健康に飼うためには、例えば、血液検査をやってもデータが無いから、それを今から蓄積しておこうとか、実験 やったり、研究やったりして、とにかく動物のことだけを見て、僕は動物園に居ました。
その時に「動物園要らない」って言われて、「本当にそうなのか、動物園必要無いのか?」って、やっぱり、それはもう相当しばらく考えましたね。

(中略)

動物園はなぜ必要なのか
やっぱり、人間っていうのは、自然から隔絶された人間だけの社会で生きていくことによって、心のひずみ、これは多分どうしようも無いひずみ(があるのではないか)。
これが、じゃあどこで回復できるのか。
そ れは、やっぱり、頭の中の深層にある、以前昔々、チンパンジーと袂を分かつまで、ずっと森の中で色んな生き物の中で、自然の中で生きてきた、その時の心の 安らぎ、要するに、木の高い所に上って、そこで安心して眠ることができたその感覚っていうのが、今も僕はずっと人間の心の中に、ずっと深いまま残っている と思っているんですよね。
それを安らげてくれるのは、実は、自分たちの周りに居る様々な生き物、その生き物の命というものと自分の命が何らかの交信をする、そのことが重要なのと、あとやっぱり森の中。
これが必要なのは、猿もチンパンジーも森の中で暮らしてましたから。
森の中で自分たちが感じる、何となくゆったりとしたあの心の安らぎ、それもその時の記憶が満足させる。
だから、猿の時の記憶を満足させてやることが、私は、人間性が最もゆったりとして回復される場所なんだろう。
だから、大都市の真ん中に動物園が必要なんだ。
で、人間は、実は、人間だけ見ていたら、人間が人間であることがわからなくなると思うんですよね。
でも、それを教えてくれるのは、チンパンジーであり、ライオンであり、クジラなんです。
人間とは違う生き物がそこに居るから、彼らとの自分たちとの違いを考えることができる。
そうすることによって、外側から人間というものを見る、その機会が様々な生き物と一緒に居る空間だと思うんです。
だから、人間が人間であるということを再認識するために、僕は動物園が必要だし、だったら、都市として発展していく旭川の子どもたちにも、小さい時から色ん な生き物と命の、心の交流を実現できるような場所が必要無いということは無いんじゃないか、ということを自分勝手に考えて、動物園を失うということは、こ れは社会にとってはマイナスである、ということで、やっぱりオレは動物園で生きようと思ったんですよね。

【倉本さん】
そこが、所謂(旭山動物園の)改革のスタートラインですね。

【小菅さん】
ええ、そうです。
で、その時にね、僕らが見ている動物と、お客さんの言ってるのには物凄いギャップがあるんですよね。
私が見ているのはね、もうチンパンジーだって、肩いからせて、私に体当たりしてくるわけですよね。
初めて(動物園に)入った時は、もう本当にびっくりした。
でも、それが動物だと。
「僕たち、動物園の中でこういう野生そのものの動物を見ることができる。(動物園は)凄い場所なんだ」と思っているわけです。
ただ、僕たちがそう見えているだけで、お客さんは実はそうは見えてなかったんですよ。
動物がお客さんに見える姿と僕らに見せる姿は、全く違うんです。
なぜか考えました。
すぐわかりました。
彼らにとって直接関わりのあるのは、僕らなんです。
一番の味方は飼育係ですよね。
何でも美味しいものくれるし。
そうすると、関心のある人間は僕らなんです。
お客さんは、絶対柵を乗り越えて入ってこないんだから。
お客さんのことは無関心でいいわけです。
無関心な所には、彼らはもう、要するに、緊張感を解いて一番ダラーっとした状態に居るという、それをお客さんが見ているんです。
その状態がなぜ否定されたか。
テレビです、僕は思っているのは。
テレビがそれを否定したんです。
テレビで、実は野生のアフリカのライオン、それから、北極で北極グマがアザラシを襲う所、正に野生でのイキイキとした姿をね、(お客さんが)テレビで見てしまったんです。
そういう目で見たライオンと、目の前で見ているライオンは、やっぱり見ている側としては、「ああー、ああいう風に暮らしたいだろうなあ。だったら、この動物は可哀想だね」と、そこで僕は動物園否定が始まったと思うんですよね。
だけど、僕らが扱っている動物はそんな動物じゃ無いですよ。
お客さんがそこの所をヘンだって言うんだったら、オレたちはヘンでない。
ここに物凄いギャップがあるわけですよね。
お客さんもそう思えば、「やっぱり、テレビの中よりも、こっち(=動物園)の中の方が凄いね」とかね、だって、テレビの中で見れる大きさは、あくまでこれ位の大きさですからね。
実際、これだけの(大きな)ライオンがね、そこに存在していることの凄さをやっぱり直接、できれば、そこに閉鎖するモノ無くしてね、見ることができれば、そ れだけやっぱり命と命の距離が近いですからね、訴えるものが凄い大きいので、で、しかも、それが躍動的で、彼らが快活に暮らしている所さえ提示することが できたら、その感動を与えられるのは動物園しかないし、それができればね、誰だって動物園は面白いし、「動物は凄い!」ってなってくれるはずだから、そう いう動物園を目指そうということで、様々なことをやり始めたんですよね。

【倉本さん】
それで、動物の「行動展示」っていうことですけど・・・

【長峰由紀アナ】
「行動展示」って、そもそもどういうことですか?

【小菅さん】
例えば、クモザルという動物が居るんですけど、尻尾が長くて、尻尾の先で枝に完全に自分の体をぶら下げることができる猿なんですけどね、彼らなんかを、例えば普通のコンクリートと鉄の四角い檻に入れて、餌をやって、「さあコッチ来なさい」ってやってたら、自分の最も特徴的である、最も素晴らしい武器である尻尾を使う機会が無いんです。
そうすると、お客さんが見てても、「ああ、尻尾の長い猿だね」で終わるんですよね。
ところが、何の為に尻尾が長くて、どう使うのかということを、今までは解説でしてたんです。
写真撮ったり、それから、文章に書いたり。
こんなもん、誰も見るはずが無いですよね、その為に動物園来ているんじゃないんだから。
じゃあ、彼らが尻尾をどういう時にどう使うかをどう見せるか。
実に簡単ですよね。
手が届く所に餌があったら、使わないわけですよ。
手で取って、終わりだから。
でも、自分の体をぶらさげて、ようやく手が届く所に餌があったら、すぐ使いますよね。
練習も何も要らないで。
結局、そこなんですよ。
彼らはやっぱりどれだけ広範囲の餌を手に入れることができるかっていうのは、もう生死を分ける問題ですからね。
それで、自分が最も一番特徴的にね、有利に生きていき易いのは、自分が尻尾で枝にぶら下がって、両手両足で一気に四つ餌を取れるわけですから。
それが彼らの生存の一番の武器なんですから、それを発揮させてやる場所を作ればいいわけです。
だから、ヘンな話だけど、僕ね、それ「ステージ」って言うんですね。
彼らが一番自分の能力を発揮できるステージを作ってやる。
その場所を作ってやったら、彼らは必ずその行動を取るんだから。
だから、その動物が野生の暮らしの中で、こういう様にして、他の動物が手に取れない様な餌を取れるっていうのは、もうそれこそ、テレビの色んな記録映画から、文章から、色んな所に参考書があるわけですよ。
その中で、「クモザルだったら、こういう環境に置けば、これを取るな」とか、それから、地面なんか歩く必要が無いわけだからね、「ロープを枝から枝に渡しておけば、こっち来るな」とか、それは計算できるわけです。










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