2015年03月20日

旧友と約10年ぶりに話をし、不覚を自省すると共に、旧友の条件を考えるの巻

一昨日、約10年ぶりだろうか、20数年来の旧友とメールでなく、電話で話をした。
「久しぶりだねー」。
彼女の第一声は挨拶も無く、早速タメ語で始まった。(笑)
私も負けずに返し(笑)、約30分位だろうか、正に時間を忘れて話をした。

「私は、来月、手術をします。」
私が彼女に電話をしたのは、一昨昨日届いた彼女の年賀返信メール(笑)のラスト三行前に、こう書かれていたからだ。
文末にこんなことを告白されては、真相を電話で速やかに確かめるほか無い。(笑)

彼女の声は本当に久しぶりに聞いたが、予想外に元気だった。
そして、いつも通りだった。
私はそれに一安心し、朗らかに約30分歓談してしまったが、不覚だった。
真相を確かめると、手術は子宮筋腫だった。
彼女曰く、良性だ(→ガン化しない)が腫れが大きく、開腹して摘出する。
だが、卵巣は残すため、術後も女性ホルモンは変わらず分泌され、男のように髭は生えない。(笑)
ただ、そもそも子宮筋腫は、40才の女性の4人に1人は罹患する、言わば[女性の普通の病]であり、現状と年齢を鑑みるにそう気落ちしていない、とのことだった。

とはいえ、よく考えると、たしかに彼女は出来た亭主と息子に恵まれているとはいえ、依然40代の女ざかりだ。
子宮は乳房と並ぶ女性の象徴の最たるであり、しかも、開腹は腹腔鏡などと較べ心身共に高侵襲だ
受話器越しの彼女の元気さ、いつも通りさは、旧友へのリップサービスだったに違いなく、それを洞察できなかった私は、浅はかな[ダメ旧友]であり、もっと言えば、[旧友失格]だ。

しかし、開き直るわけではないが、旧友は浅はかであって良いのでは、否、浅はかであって然るべきでは、ないか。
というのも、[浅はかでない人間]というのは、[隙の無い人間]ということだからだ。
隙は魅力の合わせ鏡であり、魅力は隙の代償だ。
[全く隙の無い人間]というのは、[無二の魅力の無い人間]であり、旧友にはなり得ない。
旧友とは、互いに自分をさらけ出すことができ、かつ、魅力を見て隙を見逃せる、無礼と無縁の、無二の相方ではないか。

「堀さんはラインはしてないのかな?」
話を終えて約半日経った頃、彼女からメールが届き、そこにはこう書き添えられていた。
あり難いことに、彼女は浅はかな私を、今後も旧友で居させてくれるようだ。
今、私は、彼女の手術の成功を重ねて祈念するばかりだ。



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