2017年04月14日

浅田真央選手の引退記者会見を見、媒介者の要件を再考するの巻

フィギアスケート通の妻の一番弟子として(笑)、昨日共に、浅田真央選手の引退記者会見を「ながら」タイムシフト視聴(笑)した。
記者会見の類を通しで聞くのは久しぶりだったが、浅田選手への記者の問いが余りに酷く、浅田選手はもとより、有終の美をうまく飾れず往生していた司会者に同情し、かつ、一ファンとして残念な思いになった。


会場は400名超の記者で大入り満杯になったとのことだが、私たちバカ夫婦(笑)より実際にフィギアスケートの試合を観、フィギアを嗜む記者は数える位だったのではないか。 
なぜか。
一時間に渡る問いに、フィギアのテクニカル(技術/専門性)と愛が、全くと言って良いほど感じられなかったからである。
たしかに、彼ら記者は、基本非フィギアファン&プレイヤーの一般市民の代表者&代弁者であり、フィギア無知の市民にも分かる問いを浅田選手へ投げ、同じく分かる答えを浅田選手から引き出す必要がある。
しかし、彼らの本懐、本分は何か。
それは、詰まるところ、市民のフィギアへの関心を引くことである。
ついては、フィギアの日本代表、国民的英雄となった浅田選手がいかに強かったのか、いかに強くなったのかを、明らかにされてこなった事実、道程を適宜まじえ、引退決心直後の熱い今の内に引き出す、即ち、フィギアがいかに観るに、嗜むに、また、演じるに値するスポーツ、競技であるかを視聴者に熱く伝える、必要がある。

彼らは実際にどうだったか。
彼らが浅田選手へ投げた問いは専ら感想、印象、精神論の類で、相手の主語を他の競技の、他の選手にかえても通じるものばかりだった。
最大の強みのジャンプをいかに歴代コーチと二人三脚かつ唯一無二的に産み育てていったか、そして、後年いかなる思考、根拠で佐藤信夫コーチに頑固を貫きそのジャンプと心中を決心したのか等々、テクニカルや事実を適宜まじえ引き出す問いは皆無だった。
こんなどこかで聞いたような、テンプレートのような、答えの前にオチが読めてしまうような質疑応答では、フィギアのファンもプレイヤーも裾野の開拓が見込めないばかりか、浅田選手の一世一代の引退会見が単なる「ご苦労さま会」に堕すこと確定である。
遂には、結婚をする、しない、台湾へ行きたい等々訊き、答えさせる始末であり、浅田選手と司会者に重ねて同情するばかりである。

視聴後、私が一番に思い起こしたのは、イチローの「インタビュー嫌い」である。
機会費用に厳格なイチローのこと、本当に嫌いなのは「インタビュー」そのものではなく、「本分を忘れた、野球愛の無い不勉強な記者、メディア、媒介者」に違いない。
媒介者とは、「情報の非対称性」状態の情報優位者のことである。
また、何らかモノ、コトを無知、無関心な情報劣位者に売るのが本分な、我々ビジネスマンのことである。
媒介者、ビジネスマンの要件は関心力と向上心、そして、愛であり、さもなくば、折角のモノ、コトと潜在マーケットが残念かつ勿体なさ過ぎる。

末筆だが、浅田選手のベストパフォーマンスはソチ五輪のフリーと言われているが、私はキム・ヨナ選手と死闘を演じ、銀メダルを手中にしたバンクーバー五輪のショートと確信している。(笑)
また、「当時、ヨナはゲームに勝ち、真央はテクニカルで勝ったのだ」、とも。
不肖の一ファンは、頑固で強い浅田真央さんの輝ける未来を期待、祈念するばかりである。(敬礼)





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