春が来て、今年も名人戦の季節になりました。(笑)
ということで、過日私は、夕方頃早々に帰宅し(笑)、第71期名人戦第一局の大盤解説をニコニコ生放送で見ました。
解説の棋士は加藤一二三九段でした。
近年、加藤九段は、話し方に代表される独特のキャラクターと、対局場の温泉場の滝を止めた(笑)等の数多のエピソードが周知され、「ひふみん」という愛称で多くの人に親しまれています。
大盤解説の棋士の平均年齢は30代なので、御年73才の加藤九段の出演は、名人位獲得経験と通算勝数歴代二位に見る類稀な実績、そして、この国士無双の人的魅力に拠るものに違いありません。
ちなみに、私は、加藤九段を「ひふみん」と言うことはありませんし、言いたいとも思いません。
なぜなら、私が将棋を覚えた今から約40年前、加藤九段は神だったからです。
当時、加藤九段は、史上初の中学生棋士(※以後3人登場)の果ての、「神武以来の天才」と呼ばれた屈指の実力者で、早口で喋る習性は既にあれ(笑)、いつも髪はオールバックで、痩身な体に濃紺のスーツをビシッと決めてました。
その崇高な印象は今なお私の胸に根強くあり、「ひふみん」と言う人を否定はしませんが、私は言えません。
これは、ダウンタウンのお笑い番組に出て、いかに浜ちゃんに頭をドツかれても、今なお坂本龍一さんを「教授」以外呼称できないことと同じです。(笑)
私が大盤解説を見始めた時、対局は終盤の大詰めを迎えていました。
森内俊之名人が押し気味なものの、勝負を決する、難解かつ際どい局面で、羽生善治挑戦者の起死回生の一着が待望されていました。
加藤九段は、大盤を自分の立ち位置である右横から直視し、あたかも対局者の如く”その”局面での最善手の案出に、また、着手の最善手性の検証に、それぞれ一心不乱でした。
勿論、その内容はいつもの様に早口で言語化くださる(笑)のですが、局面が殊に難解であることも手伝ってか、いつもより頭の回転に口が追いついていない格好でした。
とにかく、「もっと良い手があるのでは?」、「その手よりこの手の方が良かったのでは?」と、視聴者そっちのけで盤面を猛スピードで動かしては、結果が思わしくないと考え込み、そしてまた盤面を猛スピードで動かす、の連続でした。
しかも、森内名人や羽生挑戦者が着手を進めようと、お構いも無しに、です。(苦笑)
次第にそっちのけにされた視聴者から、クレームが寄せられ始めました。
ニコ生は視聴者がリアルタイムでコメントを投稿できるのですが、「盤面を元に戻して!」や「現局面を別画面で映して!」といったクレームがモニターに次々流れ始めました。
視聴者は初心者が過半であり、また、誰しもモニターの前にずっと張り付いて居られませんので、自然かつ尤もです。
私自身、昔取った杵柄(笑)で凡そは何とか付いていけましたが、何かでモニターから一瞬離れると、もうワヤでした。
成る程、局面が局面ゆえ、解説者の加藤九段が最善手の検討を急ぐこと、検討に集中すること、も一理あります。
しかし、生放送に限らずメディアは、また、大盤解説に限らずコンテンツは、「向こう側に居る」聞き手、読み手、見手の満足があってのモノダネであり、加藤九段の視聴者そっちのけの所作は、明らかに行き過ぎでした。 続きを読む