2015年04月25日

好対照の候補者と選挙運動に出くわし、二つのことを改めて気づかされるの巻

明日は地方統一選挙だ。
今朝の日課、ならぬ、週課(笑)の[早朝荒川CRロードバイク乗り]を終え、帰宅途上の7時頃のこと、私は好対照の候補者と選挙運動に出くわした。

一方は、スーツとタスキを身にまとい、某駅階段下で利用客に頭を下げていた。
もう一方は、その約10分後のことだが、運動用の手荷物を片手に、居住していると思しきマンションから足早に出てきた所だった。

私は選挙は完全門外漢だ。
「あるべき選挙運動」など全く心得が無いし、そもそも朝の運動開始時刻さえ知らない。(笑)
しかし、私が彼らのどちらかに投票しなければいけないとしたら、迷わず前者に投票するだろう。

理由は簡単だ。
前者は、「人として積極的である」という点で、後者よりも優っている(ように見える)からだ。
同時刻帯に既に現場に出、運動を開始している候補者と、運動の準備さえ開始していない候補者。
かくも好対照な候補者とその選挙運動、否、ふるまいを見せつけられれば、私に限らず、殆どの人が同様に思考、判断するだろう。

断っておくが、私は、「候補者足る者、朝イチ、人通りの多い所に出向き、顔を売るべし!」と言いたいのではない。
私は、この対照的な候補者とふるまいに出くわして改めて気づかされたことが二つあり、一つは、「モノ(ヒト/コト)を売るには『買う理由』を与えなければいけない」ということ、そして、もう一つは、「プロセス(行動)は目的的かつ目的最善的でなければいけない」ということだ。  続きを読む
Posted by masterhori at 14:20Comments(0)TrackBack(0)