2005年12月30日

「トムクルーズ自らを語る(NHK)」の録画を見るの巻

この番組は名優のインタビュー番組だ。
出張等で見逃すことが多いものの、番組欄にこの番組名を見つけた折は、必ず録画予約をするようにしている。
というのも、物事をやり切っている”プロ”から学ぶことは少なくないからだ。

今回のインタビューイーはトムクルーズ
やはり、彼のコメントには学びを誘発するものが多かった(※強く印象に残ったものは以下に記述)。

それとは別に、ひとつ、「やっぱりそうだ!」とうなづかされることがあった。
それは、会場に参列していた仕事仲間を紹介する時のこと。
彼は、仕事仲間のいずれをも、以下のように観客に紹介した。

「僕の尊敬する友人であり、エージェントの○○(※本人の名前)!」

そう。
彼は、必ず「尊敬している」や「友人の」という修飾語句を付けるのだ。

今、私は、自らをブランドとして、商品として、企業経営を執行している。
クライアントを含むビジネスパートナーの無理難題には相当応えている私でも(笑)、彼らに対して条件を持っている。
それは、友人関係になれる(友人関係である)こと。
即ち、私の目から見て、「志が同じである」、「信頼できる」、「尊敬できる」、「好きな」、「プライベートでも付き合える」、ことだ。

ビジネスを成功に導くには、ハードワークが避けられない。
友人と行うハードワークは、「苦労が快感」で、「喧嘩が真摯にでき」、そして、「実りが多い」。
私は、友人になれない人とハードワークをする気にはなれないし、できない。

勿論、人に対してそのような条件を持つ以上、自分にもプレッシャーがかかる。
「コイツはちょっと変わっているけど、友達になってもいいかな」。
他人にそう思われるための自己研鑽は欠かせない。
が、それはそれで、私のような人間の場合、いとおかしだったりする。(笑)

このような経営方針を貫いているせか、サラリーマンを辞めてから、友人が増えた。(笑)
サラリーマンをやっていた時、真に友人と呼べる&呼ばれたいハードワーク仲間(※上司を含む)は、Sさん×2とMさんの3人しかいなかった。
これは、起業をして得られた大きなベネフィットだ。

その昔、角川映画の宣伝コピーに、「読んでから観るか、観てから読むか」、というのがあった。
それに倣うと、「友人になってから仕事をするか、仕事をしてから友人になるか」、となりそうだが(笑)、それはどちらでもいい話だ。
ただ、他人に「僕の尊敬する友人であり・・・の○○さん!」と紹介できる方とだけ仕事をするのは間違いではなかったことを確信すると共に、今後は全員をそのように紹介したいと強く思った。





【印象に強く残ったトムクルーズのコメント】

僕は、正式な演技訓練を受けていないが、素晴らしい人たちと仕事をする運に恵まれた。
良いものを見抜く力もあった。
僕は、どんな映画を撮る前にも、たくさんのリサーチを行う。
自然な演技ができるようにね。
その境地に達すると、計算は消え去ってしまう。

書かれたセリフの行間にあるものを表現する。
それが俳優の仕事だ。
今撮影中の映画でジャズについて語るシーンがあるが、自然に生まれてくるものをセリフより重視した。
自分の演じる役に命を吹き込み、物語に沿って何かを伝えることが僕の目標だ。
セリフの行間を表現するのが僕らの仕事なんだ。
「レインマン」のあのシーンも自然に生み出されたものだ。
事前にプランを立てることなど不可能だ。
自然な流れに逆らっても奇跡は訪れない。
大切なのは役になりきること。
それによって奇跡的な瞬間が訪れる。

僕は演技している時、他のことは何も考えず、その場の自然な流れに身を委ねている。
シーンの枠組みの中で自由に演じることで、「レインマン」のようなすばらしい瞬間が生まれる。
心が通じ合う感動的な瞬間、僕らはそれを求めて映画を観るんだ。

レインマン [DVD]
ダスティン・ホフマン (出演), トム・クルーズ (出演), バリー・レビンソン (監督)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2010-06-25



ギャラは常に作品の予算に合わせる。
金額を気にしたことはない。
それは分かって欲しい。
勿論、今の僕は明らかに裕福だ。
でも、「これは金になるかどうか?」と考えて何かを判断したことはない。
そんな理由で仕事を選ぶことはない。
ちゃんと働けば、食える程度の金は稼げる。
僕はどんな犠牲を払ってでも、あの映画(「7月4日に生まれて」)を完成させたいと思ったんだ。

7月4日に生まれて スペシャル・エディション [DVD]
トム・クルーズ (出演), キラ・セジウィック (出演), オリバー・ストーン (監督)
ジェネオン・ユニバーサル
2012-04-13



演技では、自分の実体験を基にはしない。
それは別物だ。
僕は、いつもその役の生い立ちを書くんだ。
人物を深く理解するために、出身や好きな音楽など何でも。
そして、一から役を作り上げる。
僕が求める演技は、無意識のうちに自然と出てくるものなんだ。
過去に起きたことではなく、今その瞬間に起きること。
技術を離れ、自然に湧き起こるものを身につける。
それは、自分の想像力と創造的なアイデアによって可能になる。
そこでは、何が起きても判断はくださない。
演技中に何も感じなくなっても、うろたえたりはしない。
”何も感じないとは面白いな”。
そう考えるようにする。
その役が何も感じないなら、それを受け入れる。
自然に起こることに抵抗はしない。
無理に何かを起こさず、自分の中で何かが起きるのを待つ。
自由に、のびのびと、なるがままに任せるんだ。

※「演技をする上で自分の経験をどの程度いかしていますか?」の問いに対して

僕は役を作り上げる。
自分自身をその役と一体にするような形でね。
僕は、僕の視点で世界を見ているが、その役の視点でも見る。
「彼ならどう感じるか?」と考えるんだ。
自分の過去を追体験することはしない。
そこにただ存在する方がずっと簡単だ。
役を作り上げれば、強い感情がわき上がる。
僕はその役になりきり、ただそこに居て、あとは成り行きに任せる。
それが僕のやり方だ。
使うのは、自分の想像力と信じる心だ。
役になりきるためなら、何でも作り出す。
そのための衝動を抑えたりはしない。

※「”自分自身の声”についてですが、それをみつけようとしている者として質問を。幾つもの役を演じる俳優にとって絶対的な声を持つことは可能でしょうか?また、可能ならば、どのようにそれを見つけ、育てれば良いのでしょうか?」の問いに対して

大切なのは自信を持つこと。
あとはやるだけだ。
君は自分の解釈や直感でその役を演じる。
僕たちは常に人生を観察し、色々なものに接する。
そして、何かを感じ、何かを思う。
皆、自分の声を持っている。
あとはやるだけ。
誰にもそれを邪魔させてはいけない。
それが自信を生む。
正しいやり方などない。
君には君自身の声がある。
大事なのは、そういう自信を持つことだ。



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