2006年08月02日

渡辺明竜王の意見表明に触発されるの巻

高校時代、私は、囲碁将棋部の部長をしていた。(笑)
そんなこともあり、今でも将棋は好きだ。

私が尊敬するプロ棋士は羽生善治(※現、王位・王座・王将)さんと渡辺明(※現、竜王)さんだ。
羽生さんを尊敬する理由は以前述べた通りだ。
渡辺さんを尊敬する理由は主に以下の二つだ。
一つ目の理由。
それは、ブログをほぼ毎日更新しているから、だ。(笑)
私は、なぜ渡辺さんがブログというメディアを介して自身のアイデアを社会に投げかけているのか、その真意を知らない。
もちろん、次世代を担う、最強の若手棋士として、将棋界を自らの手で発展させたいから、というお気持ちは拝察できる。
が、渡辺さんが、研究、対戦、諸活動で、日夜忙殺状態にあるのは間違いない。
そうした状況の中、ブログをほぼ毎日更新するのは、かなり大変なことだ。
私は、真意がいかなるものであれ、渡辺さんを尊敬している。(礼)

二つ目の理由。
それは、感情や集中力をコントロールする能力が長けているから、だ。
昨今、我々は、windowsに代表されるマルチタスクを求められている
我々にとって、モチベーションを代表とする感情を適正に管理し、高優先度の課題を適宜徹底解決する能力は不可欠だ。
渡辺さんは、テレビのインタビュー番組で、「対戦相手が長考している時、隣室でメジャーリーグの試合をテレビ観戦したことがある」、と笑顔で吐露していた。
これは、感情や集中力をコントロールする能力が長けていないとできないことだ。
私は、対局マナー云々の話は別として(笑)、渡辺さんを大いに尊敬している。(礼)

ここで話は本題に入る。

渡辺さんが、昨日のブログで、名人戦の主催新聞社を決める臨時棋士総会の議決結果のみならず、自身の投票内容とその理由を明示した。
私は、情報を持ち合わせておらず、議決結果の正否を評価できない。
ゆえに、渡辺さんの投票内容とその理由の正否についても評価できない。
しかしながら、私は、自身の意見を、自身のメディアを介して、利害関係者のみならず、世の中の全ての人に対して明示した渡辺さんの「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」に、大きく触発された。

話を少し横道にそらす。

私は意見を、課題解決に対する自身の「アプローチの方向性」及び「具体策」を提言すること、と認識している。
ちなみに私は、批判を、他人の言動の非合理性やリスクを指摘すること、と認識している。
私は「社会人が行うべきは、批判でなはく、意見である」と考え、励行してきた。

批判は、ある程度の知性と経験があれば、できる。
しかも、解決行動を伴わないので、矢面に立たされたり、責任やリスクを負うことはない。

一方、意見は、知性と経験だけでは、できない。
意見をするには、それらに加え、「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」が必要だ。

それはなぜか?

意見は、つまるところ、解決行動を伴う
解決行動には、必ず、期待成果を創出する長所のみならず、リスクを引き起こしかねない短所の両方がある。
両者を定量的に比較評価し、解決行動の正否を合理的に「判断」するのは困難だ。
最終的には、自身の価値観や理念によって、非合理的に「決断」せざるを得ない。
当然、人は、それぞれ、異なる価値観や理念を持っている。
一人が下した決断が、他者から合理的に支持されにくかったり、時として、その人が矢面に立たされるのは、このためだ。

課題解決を心底希求する人、即ち、リーダーは、解決行動に内包されるリスクを、自らの責任として負う。
私は、この行動特性及び能力を「リーダーシップ」と認識している。
同時に、「リーダーシップ」には白黒や善悪が不明瞭な混沌状況の中、リスクと適正に向き合い、期待成果を創出するべく精緻な課題解決策を案出&実行するに足る「精神の逞しさ」が必要がある、と考えている。
人は、リーダーの中に「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」を垣間見て初めて、リーダーの決断を支持し、課題解決策を真摯に実行する。

では、「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」が乏しい間、人は意見することができないのか?

そんなことはない。
どんどん意見すればいい。
その時点で、持っている「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」をフル活用すればいいのだ。

もちろん、失敗することも多々あろう。
でも、そんなものだ。(笑)
成功に失敗はつきものだ。

大事なのは、失敗という結果(事実)にとらわれ過ぎず、失敗した理由(プロセス)を解明し、然るべき改善策を案出、実行することだ。
これによって、人はどんどん成長していく。
生まれもってのリーダーなどいない。
リーダーは、「なる」ものだ。

話を渡辺さんに戻す。

渡辺さんの意見には、賛否両論のコメントが200以上寄せられている。
近頃、著名人のブログのいくつかが、激しいコメントを多数投稿され(=”炎上”し)、閉鎖に追い込まれている。
渡辺さんは、意見を明示することを意思決定した際、”炎上”をリスクのひとつとして想定していたに違いない。
が、この所作が、将棋界の発展や自身の成長を大きく促すと信じ、このリスクを積極的に負ったに違いない。

私は、こんな渡辺さんを心から尊敬している。
もし万が一、ファンが全て離れても、私は彼のファンであり続けたい。

私も、渡辺さんに負けない「リーダーシップ」と「精神の逞しさ」を身につける所存だ。
ついては、渡辺さんが今回積極選択した所作や生き様を貴重な教訓としたい。



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この記事へのコメント
「渡辺明ブログ」から飛んで、はじめてこのブログを読みました。

「意見」と「批判」の差についてのご意見に、目からうろこが落ちる思いがしました。
「批判」するのは簡単ですが、「意見」するのは本当に難しいですね。

それにしても、今回の名人戦の顛末は、本当に残念でなりません。
渡辺竜王らの若くて、実力もあり、志のある棋士に期待するしかありませんね。
Posted by チロ at 2006年08月02日 23:40
チロさん

はじめまして、堀です。
コメントをご投稿いただきありがとうございます。(礼)

> 「意見」と「批判」の差についてのご意見に、目からうろこが落ちる思いがしました。
お褒めの言葉をありがとうございます。(礼)
私の考えがチロさんのお役に立てたようで、とても嬉しいです!

> それにしても、今回の名人戦の顛末は、本当に残念でなりません。
> 渡辺竜王らの若くて、実力もあり、志のある棋士に期待するしかありませんね。
文中でも述べた通り、私はこの問題のあるべき解を見出していません。
が、反対の意を表明した羽生さん、森内さん、そして我らが渡辺さんは、きっと次の一手をお考えである、と信じています。
Posted by at 2006年08月03日 07:59