2009年04月15日

名人戦の対局中にサインを依頼された件に関する羽生善治さんのナマ所感に感心するの巻

d68dee40.jpg現在、将棋界では、第67期名人戦なるタイトル戦が行われている。
名人というタイトルは、将棋界では最高位に位置している。
挑戦者の郷田真隆九段はもちろん、防衛者の羽生善治名人も、最高の緊張感を抱き、死力を尽くしている。

その名人戦の第一局の最中、珍事が起こった。
観戦記者の東公平さんが次の一手を考慮中の羽生さんにサインを依頼し、羽生さんは応えたのだった。

正確な事情()はわかりかねるが、東さんの依頼は、基本あり得ない。
トップ中のトップの棋士が、最高位を目指し、最高の緊張感を抱きながら死力を尽くしている最中であるからだ。
余程の事情があったとしても、休憩時間など、別のタイミングに依頼するべきだ。
多くの将棋ファンが東さんへ抗議心を抱いたのは、当然だ。

だが、私がこの珍事を知って最初に抱いたのは、抗議心ではなかった。
「ああ、羽生さんは、すごい人だな!」という感心だった。
なぜなら、この珍事で最も被害を受け、名実共に最も抗議力のあるはずの羽生さんが、穏便に対処なさったからだ。
断っておくが、私は東さんを擁護する気は無い。

今朝、私は、この珍事に対する羽生さんのナマ所感を聞く好機に恵まれた。
羽生さんは、j-waveの「TOKYO MORNING RADIO/ Morning Lounge(ナビゲーター:別所哲也さん)」に出演され、この珍事に対し、以下の旨コメントなさった。
たしかに、かなり珍しいことではあります。(笑)
でも、(名人戦は)持ち時間が九時間あります。
一時間位手が動かないこともよくあります。
(サインを書くのにかかる時間はせいぜい)十秒、二十秒位のことです。
書けば、すぐ終わることです。
(依頼者の東さんは)何十年も知っている人ですし。
なんだか話が大きくなって、かえって驚いています。(笑)

さらに、羽生さんは、「実績が出ず、モチベーションが失せてしまいそうな時、いかにすべきか?」とのリスナーの質問に対し、以下の旨コメントなさった。

原因が実力不足にあるなら、実力をつけることです。
実力不足以外にあるなら、生活習慣を変えることです。
たとえば、朝型の生活を夜型にしてみるとか。

私が本番組を聞き終えて最初に抱いたのは、「ああ、羽生さんは、やっぱりすごい人だな!」という感心だった。
なぜなら、以前拝聴した以下の講話と著書の内容を、名人戦という大舞台でも無意識に実践なさっているからだ。

寛容であること、即ち、自分の核となる&自分にとって絶対に譲れない考えを明確にすると共に、それ以外の考えを積極的に受け入れることは、自身の持続的な成長と成果の獲得を、ひいては、他者からの信頼の獲得を、高確率で担保する。
(「羽生善治さんの講話を聴くの巻」から)

公式戦の中でも、竜王、名人、棋聖、王位、王座、棋王、王将の七つはメジャータイトルといわれている。
今、そのうちの四冠を保持しているが、「このタイトルだけはどうしても欲しい」という気持ちはない。
(中略)
もちろん、タイトル数が増えたり、記録を達成したりすることはうれしいが、それがモチベーションの一番上にくることはない。
名人、竜王を目標にしてしまうと、「そうなったら、その後どうするんだ」と考えてしまう。
実力と結果で成り立っているのがプロの制度である。
プロらしさとは何か?と問われれば、私は、明らかにアマチュアとは違う特別なものを持っており、その力を瞬間的ではなく持続できることだと思っている。
私が大事にしているのは、年間を通しての成績である。
(中略)
どの世界においても、大切なのは実力を持続することである。
そのためにモチベーションを持ち続けられる。
地位や肩書きは、その結果としてあとについてくるものだ。
(「決断力」P195から)

持ち時間がまだ潤沢にある中、自分の手番でサインをすることは、名人戦に勝利する上で譲れない/受け入れられない事項ではない。
自分のサインが、既知の信頼できる人を介して将棋ファンを増やし、将棋界の発展へ繋がるなら、それもまたよしだ。
たかだかウン十秒で済むサインをして勝利を逃したなら、それは自分の実力不足に過ぎない。

以上は、私の妄想だ。(笑)
が、不肖の自分をかくも前向きに妄想せしめ、かつ、モチベートしてくださる羽生さんを、私は、益々敬愛し、見習いたいと思う。




【名人戦】羽生の対局中に観戦記者がサインねだる... 投稿者 frisbee3


対局中の羽生名人に朝日委託記者がサイン求める

羽生善治名人(38)に郷田真隆九段(38)が挑戦する「第67期名人戦」(朝日新聞社など主催)で10日、朝日新聞の委託を受けて観戦記者として立ち会っていたフリー記者(75)が、対局中の羽生名人にサインを求めるトラブルがあった。同社は記者に口頭で厳重注意するとともに、対局終了を待って羽生、郷田両氏や共催の毎日新聞社など関係者に陳謝する。
同社によると、トラブルがあったのは名人戦第1局2日目の10日午前9時45分ごろ、羽生名人が自らの手番で44手目を考慮中、記録係と並んでいた記者が白い扇子とペンを取り出し、羽生名人にサインをするよう求めた。
羽生名人は対局を中断する形でサインに応じ、頭をかく仕草をしながら盤面に目を戻した。この間、郷田九段は水を飲むなどして様子を見守った。
この様子はNHKが中継しており、実況担当者が「今、何か書いているようですけれども…」と当惑しながらその様子を伝えた。
問題の記者は昭和51年から平成11年まで、朝日新聞社の嘱託記者として取材活動を行い、この日は同社の委託を受けて取材にあたっていた。
休憩時間に担当者が、問題の記者に「対局中に声をかけるような行動は慎んでほしい」と注意したところ「郷田さんの手番だと思っていた。うかつだった」と釈明したという。朝日新聞社は「両対局者はもちろんのこと、主催する名人戦実行委員会のほか、関係者にご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします」とコメントしている。

2009年4月10日付産経ニュースから転載
http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/090410/shg0904102141001-n1.htm


(※)追記
将棋ライター/指導棋士の後藤元気さんが、ご自身のブログで以下おっしゃっています。

朝、観戦記担当の東公平さんが、扇子に関係者の寄せ書きを集めているという話を聞いた。東さんは名人戦をはじめ多くの観戦記や著作があり、将棋界に多くの足跡と業績を残してきた功労者。年齢や状況を考えると、もしかしたら今回が最後の観戦記になるのではという噂もあっただけに、扇子はいい記念になるだろうなと微笑ましく思った。
(中略)
そういった経緯があったのだが、結果としてこういう方向に進んでしまったのは残念でならない。東さんは久しぶりの現場復帰だったこともあり、控室ではうまく雰囲気に馴染めていなかったように感じられ、笑顔も見られなかった。今回、東さんの笑顔を見ることができたのは、皮肉にも画面の中で羽生名人に扇子を差し出したくだりだけだった。
「お仕事ブログ/私的名人戦第1局」から転載
http://blog.goo.ne.jp/gotogen/e/8ca4668ec3087a77b1ffb5ee9afe5944



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