2009年09月18日

高橋道雄九段の講演会に参加し、大一番で勝利する普遍の真理を授かるの巻

fb44fc2c.JPG私が魅かれる人には、共通の特徴があります。
一つは、「私が持っていない知見又は能力を持っていること」。
もう一つは、「天国と地獄を共に体験していること」です。

両者の内、私がとりわけ魅かれるのは、後者を有する人です。
たとえば、私は、野球のイチローさんと将棋の羽生善治さんに異常なほど魅力を感じています。(笑)
もちろん、イチローさんと羽生さんは、前者もバリバリ有する人です。
でも、イチローさんが、オリックス在籍時に二軍生活を強いられていなかったら、そして、羽生さんが、獲得した七冠のほぼ全てを一旦奪取されていなかったら、私は、イチローさんと羽生さんにそこまで魅力を感じていないと思います。

なぜ、私は後者を有する人に魅かれるのでしょうか。
理由は色々考えられますが、最たるは、高確率で普遍の真理が授かれるから、だと自分では思っています。

なぜ、後者を有する人から、高確率で普遍の真理が授かれるのでしょうか。
これも理由は色々考えられますが、最たるは、達観した成功と失敗の内的理由(⇔外的理由)が些細な言動にも表出されるから、だと自分では思っています。

私は、先週の土曜日、将棋の高橋道雄九段の講演会(於:財団法人としま未来文化財団/千早地域文化創造館)に参加しました。
高橋さんの講話を拝聴したいと思った一番の理由は、恐縮ですが、高橋さんが後者を有しておられる人、即ち、天国と地獄を体験なさっている人だから、です。

高橋さんが体験なさった天国と地獄の概要は、文末に掲載した講話と「第50期将棋名人戦全記録」の抜粋を参照いただくとして、私は、高橋さんの講話と個別質問の回答から、様々な普遍の真理を授かりました。
その最たるは、大一番に勝利することに関するもので、具体的に言うと、「失敗できない大一番こそ、積極的にリスクを取ることが不可欠であり、それには、積極的にリスクを取ること以外の選択肢/退路を断つ思考&行動習性を確立することが有効である」、ということです。
高橋さんは、これまでずっと、対局の場では多弁を避け(←「プロ棋士たるもの、主張は言葉ではなく指し手で表すべき!」)、「付き合いが悪い!」と陰口を叩かれようと先輩や同僚との呑ミュニケーションを断ち、ギャンブルに手を出さなかった、とおっしゃいました。
高橋さんは、「大一番に積極的にリスクを取る」という究極の困難事を完遂し、大一番に勝利する(=チャンスをつかむ)以外無い状況へ習性的に自分を追い込んだのです。

結果、高橋さんは、日々準備に励み(=将棋の勉強を欠かさず)、大一番で積極的にリスクを賭した指し手が選択できた。
そして、大一番の勝利を重ね、天命を知る年齢を前に今期名人戦のA級と竜王戦の1組に返り咲き、二十年ぶりにタイトルを獲得するチャンスをつかみました。

やはり、天国と地獄を共に体験している人の言動には、普遍の真理が溢れています。
私は、高橋さんに一層魅力を感じると共に、普遍の真理を授けてくださったお礼を改めて申し上げたいと思います。(敬礼)


★講話の抜粋(※文語に加筆&修正しています)。

みなさんにとって、プロ棋士の生活は謎だと思います。(笑)
そこで、まず、どのようにしてプロ棋士になるのか、プロ棋士は日々どのような生活をしているのかについてお話しします。

プロ棋士の生活は、十人十色です。
プロ棋士は、会社員のように定時に出勤することがありません。
でも、勝つため、対局が無くても、日々勉強が必要です。
プロ棋士という仕事は、人気商売でもあります。
勝つと、対局以外にも様々な仕事が入ってきます。
今、羽生さんのスケジュールは、きっと殺人的なはずです。(笑)
でも、羽生さんは、とてもよく勉強しています。
実際のところ、勝っている人、上位クラスに居る人、忙しい人が、勝てない人、下位クラスに居る人、忙しくない人よりも勉強しています。

私は、小学校六年の春に、駒の動かし方を覚えました。
これは、プロ棋士としては、かなりスタートが遅い方です。
今だと、小学校三、四年生で三、四段の子供がザラに居ます。
スタートが遅かったのは、私にとってコンプレックスになりました。
ただ、このコンプレックスと「強い人にはどうしても負けたくない!」という思いをエンジンに、私はこれまで頑張ってきたような気がします。

プロ棋士の学歴も、十人十色です。
最近だと大学を卒業している人も少なくありませんが、私は高校卒です。
私はスタートが遅かったので、「高校へ行かずそのまま将棋の道へ進む」という選択肢もありました。
でも、師匠から「高校くらいは行ってくれ」と言われ、高校へ行くことにしました。
今考えると、この選択は年代的に良かったです。
高校生として規則正しい生活を経験できました。

私は、高校には行きましたが、勉強は全然しませんでした。(笑)
プロ棋士を目指していたからです。
家へ帰って開くのは、教科書ではなく将棋の本ばかりでした。

高校を卒業すると、自由に使える時間が激増しました。
通学や授業を受ける時間が無くなったからです。
私は、いよいよ将棋の勉強に集中しました。
私は20歳でプロになりますが、高校を卒業してからの二年間が人生で一番将棋の勉強をしたような気がします。
勉強の一つとして、ほぼ毎日、プロの対局の記録係をやりました。
プロになる人は、みなこのようにすごく勉強する時期があります。
そして、この時期に詰め込んだモノが、将来効いてきます。

この二年間は、勉強に集中しました。
そこで、プロ棋士になり、テニスなどスポーツもやるようになりました。
生活のバランスや体力/体調管理の大事さもわかるようになりました。
今でも、私は、棋士の中ではスポーツをやっている方です。
肌がこうして黒いのは、テニス焼けです。(笑)

私は、プロ棋士になって、まもなく30年になります。
若手のうちは「とにかく夢中でやる!」でしたが、ベテランと称される今は少し違います。

私は、今期、久しぶり(※10年ぶり)に名人戦のA級と竜王戦の1組にそれぞれ復帰しました。
自分で言うのもナンですが、これは私の年代からするとすごいことです。(笑)
内心、「みんなもっと褒めてくれたらいいな」と思っています。(笑)

次に、将棋界におけるキャリアアップの秘訣についてお話しします。

チャンスは誰にでも来ます。
チャンスとは、たとえば、「この対局に勝てば昇級できるや「この対局に勝てばタイトルに挑戦できる」といったものです。
大事なことは、そうしたチャンスを確実につかむことです。
チャンスをつかめる人には、またチャンスが来ます。
これを繰り返していると、羽生さんのようになります。(笑)
たしかに、今は羽生世代が強く、タイトルに挑戦するのは容易でありません。
でも、世代交代は、本来、若手の突き上げで果たされるべきものです。
若手は、羽生世代を突き抜けて初めて、チャンスがつかめます。

では、いかにしてチャンスをつかむか。
大事な対局ほど、積極的になることです。
大事な対局は、「できれば負けないように!」と大事に指してしまうあまり、逆に消極的になってしまい、手が伸びなくなる(→結果、負けてしまう)ものです。
一流の棋士ほど、大一番で積極的になります。

将棋は、一朝一夕に強くなれるものではありません。
日々の積み重ねが大事です。
私は、これまでの将棋人生の中でどうしようもなく苦しい時がありましたが、それだけは欠かしませんでした。
たとえば、名人戦のB級一組に居た時のこと。
当時、私は絶不調で、二組への降級が止む無しの状況でした。
でも、結果的には、降級しませんでした
本来は降級するところ、中原16世名人が現役を引退したことで降級者が二名から一名に減り、免れたのでした。
これは、神様が、日々の積み重ねを欠かさなかった私を見ていてくださったからです。(笑)

年を取ると、わかっていないのに、わかっているように勘違いしてしまうことがあります。
結果、淡白になり、楽観してしまい、悪手を指して(→負けて)しまうことが少なくありません。

プロ棋士には色んなタイプが居ます。
その中に、「粘り強い」タイプが居ます。
将棋は、悪くなってから粘るのはダメで、悪くならないように粘るのが大事です。
粘り強いタイプはそれが長けており、私は学ばせてもらっています。

最後に、自分のこれからの課題についてお話しします。

今の将棋界は、羽生世代が君臨し、渡辺世代が後を追っている、という感じです。
「優れた後輩に突き上げられ、先輩が後ろに下がる」。
これが、将棋界の自然の摂理です。
後ろに下がった諸先輩の中には、昔話しかしない人が少なくありません。
私は、そういうのは好きではありません。
どういう形であれ、人生は続いていきます。
大事なのは、昔を回顧するよりも、前向きな気持ちと向上心を持ち続け、「今をどうするか?」、「これからをどうするか?」常に考えることだ、と私は思います。
私は、先の諸先輩を反面教師にし、将棋界の自然の摂理に逆らってみたいと思っています。(笑)
だから、私は、今、昔以上に勉強をしています。

(将棋が)強い人は、詰め将棋を解く時、まず最終図(※王様が詰んだ状態)をイメージします。
弱い人は、次の一手だけを考えます。
そもそも、詰め将棋に限らず将棋は、、到達したい場面をイメージすることが大事です。
到達したい場面をイメージできたら、そこへいかにしたら到達できるかを逆算して考えます。

「三手の読み」で大事なのは、二手目、つまり、相手の手をきちんと読むことです。
自分が指す初手(一手目)しか読まない人は、強くありません。
「三手の読み」ができるようになると、「五手の読み」や「七手の読み」もできるようになります。

(「負けることを恐れ、消極的になってしまいがちな大一番で積極的になるために、高橋九段はどのように努めていますか?」の問いに対して)
まず、日頃しっかり準備(勉強)します。
その上で、その場では、開き直り、あえて激しい手を選択します。
私は、名人のタイトルに挑戦したことがあります。
四局を終え、私は、タイトル保持者の中原名人を三勝一敗へ追い込みました。
その後、中原名人は、開き直り、強気の勝負に出てきました。
私は、三連敗してしまい、名人のタイトルを逃してしまいました。
チャンスがつかめなかったのは、三勝一敗になって「これはイケる!」と思い、体が震え、対局姿勢が受身になったからです。
私は、このことを一番の教訓にしています。
(※以上の詳細は、以下の「第50期将棋名人戦」をご参照願います。)

(「なぜ、羽生世代、並びに、羽生善治さんは、まもなく40才になるというのに、今なお優れた実績を出し続けていると思いますか?」の問いに対して)
羽生世代が今なお強いのは、下の世代、つまり渡辺世代の突き上げが弱いからだと思います。
羽生世代は、私からすると、「プレッシャーが無い」、「ゲーム感覚で将棋を指している」ように見えますが、とにかく、将棋に対しても、生き方に対しても、とても真摯です。
それに、人間も、とてもできています。
強い人が、一所懸命勉強し、努力し続けているのだから、どうしようもありません。(笑)

羽生さんは、私からすると理解不能です。(笑)
羽生さんは、物事を思考し、理解する仕方が、普通の人とかなり違います。
羽生さんは、私と同様英語がペラペラなのですが、将棋に限らず、英語を見ていてもそう感じます。
私はこれまで羽生さんと対局して、殆ど勝っていません。
「全て見透かされている」。
これが、羽生さんの将棋に対する私の印象です。


★「第50期将棋名人戦(名人/中原誠:挑戦者/高橋道雄九段)全記録」からの抜粋

【1】第六局(平成四年六月十一・十二日)

しかし、両者の表情は、そんな情緒にひたるのどかなものではない。とくに高橋の表情に硬さが感じられる。
前局では逆だった。「追いつかれたら」の意識がそうさせるのか。「固くなっていますね」とは、副立会人の石田和雄九段。(P131)

高橋の心中に何が起きたのだろう。名人の座がちらつき始めたのか。先ほどまで「新名人誕生か」の声もあったのに、わずか数合の応酬で「中原、勝勢」の局面になっている。(P152)

はじめ三〜一と大きくリードして残りの三番の内一つ勝てば名人になれるとなったとき、高橋は戸惑ったにちがいない。こんな簡単に名人に慣れる――の思いと、書をも習いに行かなければならないな――(名人になると免状の署名をする)、また挨拶はなんとするかなど、些細なことが思わぬ重圧となってくるのである。
ところがあと一つの勝ちが実は容易でないのだ。戸惑いとトキメキで、第五局を自らの拙戦で失い、また第六局は中原の強襲でここに至った高橋の心理状態はどんなものであろうか。
三〜一が、三〜三となったことで高橋が浮足だっていないか。高橋が図太くいずれにしたって一つ勝てばいいのだと割り切っていれば、夢に一歩前進と私は見ているのである。(P158)

【2】第七局(平成四年六月二十二・二十三日)

玉と飛車を置き違えたような本譜の後手陣に、自分でも面映いのか中原は飛車の頭をチョイチョイと撫でながら「解説の皆さんはお困りになっているんじゃないですかね」と、いたずらっぽく笑う。まかり間違えばタイトルが飛んでしまう大事な一戦、それも少し苦しそうな局面でのこの余裕は、中原将棋の懐の広さを感じさせる。それが相手にも伝わり、少しぐらいの優勢ではなにかあるのではないかの疑心暗鬼を生じさせるのである。(P164)

高橋はケンカを嫌って▲8九飛とかわしたのは自然な手だが、控え室では▲7四角の荒ワザはどうか、という。
「ちらっと考えましたが、大事なここで決戦はやって来ないと思いましたよ。あっち(高橋さん)が苦しいのじゃないから」と中原。(P166)

なぜ、高橋は前譜の△5五歩を素直に取っておかなかったのか。そのとき中原が△5四歩なら、そこで▲2七角で勝勢だったのに。
帰らぬ繰り言である。
一度に高熱を発した怒りの不動明王のように真っ赤な顔で『水交』と自著した扇子を力の限り握りしめる高橋であった。(P172)

高橋の無念の思いが詰みまで指して午後九時四十四分、駒音止む。中原、通算十五期防衛ん達成である。
加古記者が「第一日目のところでは優勢と思われましたが」と、高橋に話しかける。しばらく無言でいたがポツリと「五、六局の負け方があまりにひどくがっかりしました」と、なにもかもが終わったというような高橋のうつろな答え。
高橋の涙雨か、山は沛然たる雨になっていた。(P180)

50th_meijinsen「第50期将棋名人戦全記録」




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この記事へのコメント
イチローが二軍にいたとは知りませんでした。

僕も、イチローと羽生さんを尊敬しています。

先月、僕が非常に尊敬している人に会ったときに、「天国と地獄」のお話をしていて、僕が、わりと出会い運が良いのは、「地獄」を経験しているからではないか、と言われました。

その先生は、今、「地獄」の真っ只中にいらっしゃいます。

良いエントリーをありがとうございました。
Posted by oreoreoreore at 2009年09月23日 13:28
oreoreoreoreさん

こんにちは、堀です。
コメントをありがとうございます。(礼)

oreoreoreoreさんも最近「天国と地獄」について思考なさっていたとのこと。
奇遇かつ光栄です!

そうですね、oreoreoreoreさんも地獄体験の持ち主(笑)でいらっしゃると思います。
今の頼りなく豊かな日本において、地獄体験の持ち主は稀少かつ貴重です。
今後oreoreoreoreさんが、出会いに限らず、その他多くの運気を高められるよう祈念しています。(礼)
Posted by 堀 公夫 at 2009年09月24日 07:05