2014年02月02日

妻への説教が輪廻していたことを知り、嬉しく、また、妻を誇らしく思うの巻

事の発端は、一昨日の夜のこと。
妻が遅い帰宅をした。
私は、事前にメールで知らされており、遅くなること自体は案じなかったが、遅くなった理由を少し案じた。

お疲れ様です。
帰宅が2315位になりそうです。
後輩が仕事の悩みで泣いてしまい、なだめておりました。

妻は、代理店に勤務するアラフォー(笑)の副部長だ。
年齢的にも、ポジション的にも、後進のケアが欠かせず、時に彼らの悩みを公私の別なく受けとめる必要もあろう。
しかし、涙を付されて「公」の悩みを受けとめるとは、どうしたものか。

涙は私情の表れの最たるで、オフィスではこらえるのが基本だ。
さもなくば、自他共々収集がつかなくなる。
このことは、妻も当然理解しているはずで、今回はその理解を超える何かに遭遇したのだろう。

翌日、私は妻に事情を訊いた。
妻は以下答えた。
1.悩み主は、自分には直接の人事権が無いアラサー女子。メンタルが弱い上、仕事があまりデキない。
2.悩みの原因は、所謂プロジェクト業務における「社内外の板ばさみ」。
3.涙の原因は、↑に因り自分が「人間サンドバック」化した無念。
4.彼女の涙ながらの悩みを受けとめたのは、2と3が社内的にありがちだから。
5.なだめのポイントは、「担当業務のそもそもの目的、目標を再認識し、目先の物事、対応に近視眼的にならない」。

私は直感した。
妻が遭遇したのは、社内の不適切な日常事で、同僚がまた一人会社から居なくなることの懸念ではないか、と。
そう言えば、妻は過日も。馴染みの後輩が不意かつ不本意に退職し、それに何も対処できなかった自分を恥じていたし、と。

たしかに、日本の会社には会社を超える、家族に近い意味があり、同僚の不本意な退職は遺憾だ。
しかし、会社は家族的であるのは構わないが、決して家族ではないし、家族であってはいけない。
というのも、家族の一番の目標はっ自助共助に励み、互いに長く存在することだが、会社のそれは先ず利潤をあげ、明日の事業基盤を、ひいては、存続を確かにすることだからだ。
家族と化し、社員が長く在職することが一番の目標と共通認識されている会社は、それはもはや会社ではない。
社内の目標と社会における存在理由がかい離している以上、存続は見込めない。

私は、妻に以下返した。
否、勢い余って説教した。(笑)

1.先輩として弱り果て、辞めかねない後輩を励ますのは悪いことではないし、そのポイントも悪くない。
2.しかし、会社は家族ではなく、励ましには限りがある。
3.そして、「天職」という言葉があるように、退職を思いとどまらせることはプラスばかりではなく、彼女の可能性を摘むマイナスもある。
4.また、本件の根本解決は1だけでは弱い。根本問題は、チームでプロジェクトを推進中、個人が泣けること。
5.プロジェクトの一番の目標は顧客満足の達成。未達時に個人が無念で泣けるのは、優先順位の社内共通認識不良。
6.然るに、彼女の涙の再発、及び、第二、第三の彼女を防ぐ為に、社内共通認識を正確かつ一枚岩化する施策が急務。

妻は、私の不意な説教を真顔で受けとめた。
自分の説教も予想外だったが、妻の対応も予想外だった。

私は、説教の要諦がTPOであるのを再認識した。
人間はややもすると間違うし、易きに流れる。
人間は持続的な成長が務めであるからして、家族や同僚は説教が欠かせない。
そして、説教が功を奏するか否かは、当事者の問題意識の有り体で、ひいては、TPOで決まるのだ、と。

「4と5の視点、言動は自分に無かった。尤もなので、以後活用したい」。
妻は、私にこう返すと共に、以下余談した。
「『もっと視点を高く持ってみようよ』とか言って彼女をなだめている最中、『なんだか、よく堀さん(※私のこと)に説教されているのと同じことを、自分も説教しているなあ」と思った(笑)」。

私は、驚くと同時に嬉しく、また、妻を誇らしく思った。
というのも、妻への説教が輪廻していたから、即ち、妻が私の説教をしかと受容、咀嚼し、TPOを鑑みて他者に応用、再利用していたからだ。

思えば、私の妻への説教も、出所の殆どはサラリーマン時代の三大上司か亡き母から受けた説教であり、多分にそれも、彼らのトップオブ上司か親から受けた説教であろう。
時代がいかに変わろうと、人間の道理や物事の本質は変わらず、説教の主題も変わらないに違いない。

かつて細野晴臣さんは、坂本龍一さんが創った曲(「The End Of Asia」)のメロディを「かつて自分も創った」と吐露し、そのことを「海の塩を取るのに等しい」と表された。

千のナイフ
坂本龍一
日本コロムビア
2009-03-04
※本作品のライナーノーツで細野さんは坂本さんの「The End Of Asia」を↑の様に表されています。 

「The End Of Asia」


社会という海の中では人間の道理や物事の本質という塩は知れており、大事なのは、それをどう汲み取り、どう使い、どう後進に手渡すかだ。
説教は輪廻してこそ説教であり、また、輪廻されてこそ説教者冥利だ。
私は、妻に、サラリーマン時代の三大上司に、そして、亡き母に、重ねて感謝するばかりだ。



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